プロフィール

へー

Author:へー
生まれも育ちも愛媛県ですが、大学以降北海道を終の棲家ときめこんでいます。
ついでに小学校教諭を自分の天職と思い込んで子どもたちと過ごしてきました。辞める気はまったくありませんが、2008年3月まで青年海外協力隊員としてドミニカ共和国で活動してきました。暑いところが嫌で北海道に移り住んだはずなのですが、常夏のカリブ海で問題なく適応できた自分が不思議でした。2008年4月からはまた教壇に復帰しています。
協力隊に参加するために駅前留学をしていたのですが、ドミニカ共和国は公用語がスペイン語。せっかく覚えた英語は…。そして派遣中に肝心のNOVAは破綻…。英語もスペイン語も使わないとどんどん忘れさられていきます。悲しいですね。
趣味は読書、スキー、ゴルフ、献血、etc。ドミニカ共和国滞在中はダイビングにはまっていましたが、北海道ではとてもとても…。現在、一番の趣味はダイエットです。

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北海道の小学校で教師をしています。日々の生活の様子などを気ままに綴っていきます。 2006年4月から2008年3月まで青年海外協力隊に参加していました。ドミニカ共和国について知りたい方は過去記事をどうぞ。

Zona Colonial


リゾート・ホテルでの生活も今日で終わり。朝食をとってから荷物を片付け、チェック・アウトをして、タクシーを呼んでもらって出発しました。本当はお昼くらいまでゆっくりできればいいのですが、首都のZona Colonialを観光したいという希望なので昼くらいにつくように9時頃には出発となりました。ホテルまではグアグアでこられるのですが、通常グアグアはホテルの前を走っていないのでホテルから出るときはタクシーです。面倒なのでLa Romanaまで一気に行ってもらいました。乗り場で首都行きのグアグアに乗ると新車でした。シートにはまだビニール・カバーがかかったまま。ちょっと乗りにくかったです。首都までは1時間半ちょっとで到着。Parque Independenciaで降ろしてもらいました。



実はParque Independenciaの前は何度も通ったことがあったのですが、中に入ったのは初めてでこういう建物がありました。



中には独立戦争の際の三英雄の棺が納められていました。実際に中に遺体があるかは不明です。名前の通り独立を記念した公園で、国内のSanto Domingoからの距離はすべてこの公園を基点にして計算されます。ですからkm.0とも呼ばれる交通の要衝の一つでもあります。

妹がドミニカでしかとれないラリマールを買いたいということだったので、アンバー・セトという日本人の方が経営しているお店に行ってみたのですが、ちょうど12時頃ということもあってか開店はしていたのですが、扉に鍵がかけられていたので後からまた行くことにしました。大荷物を抱えて移動するのも疲れるのでまずはホテルにチェック・インすることにしました。El Condeという通りにあるフランス系のMercureというホテルでZona Colonialの観光には抜群の立地です。ちなみに同じ系列のホテルにドミニカ共和国に出発する前日の成田で宿泊しました。

荷物を置いたあとはまず昼食へ。中華系のコメドールへ行き、モロを食べさせました。簡単に言ってしまえば豆ご飯ですが、これも気に入ったようでドミニカは食事が美味しくていいと言っていました。そのあとは再度アンバー・セトへ行ってお買い物。そしていよいよ本日のメインとなるZona Colonial観光へ出かけました。

まずはコロンブス公園にあるドミニカ共和国最古の教会へ行き、オサマ砦、フランス大使館などを見て歩きました。Museo de la CasaやAlcazar de Colonなど主要な観光施設を巡り終わると2時間くらい経過していました。土産物などには目もくれず移動していたので、まあこんなものでしょう。一通り見終わったあとはお土産の物色に出かけました。ただし、変わったものを希望していたのでとりあえずスーパーに行くことにしました。



いったスーパーの近くにある中華街ですが、門が一つ増えていました。ここはけっこう変化が早いですが、これで工事も一段落というところでしょうか。

スーパーで買い物をしたあとはMercado Moderoという土産物屋の集合施設へ行きました。客引きなどが多く対応するのが鬱陶しいため、ぼくはここが非常に苦手なのですが、とりあえず一通り見てまわりました。自分でもよくがんばったほうだと思います。妹がスペイン語か英語ができればすぐにほっぽり出していましたが…。ここでも一つお土産を買ったあといったんホテルに戻って荷物を置いてから夕食のために再度出かけました。



1人18-2の隊員も一緒に夕食を食べることになっていたので、それを待つためにコロンブス公園で時間を潰していました。これはそこにあるオープン・カフェ。ヨーロッパ風の雰囲気が漂っています。妹にはその辺にあるアンバー・ミュージアムや土産物屋を適当に覗いていてもらいました。ぼくはその間に電話で少々お仕事。とはいえ、10分ほどで終わる程度の連絡でしたが。



19時前に合流して出かけたのはThai Sushi Bar。Alcazar de Colonに行った時にMuseo del Jamonの隣にあって気になっていた店です。日本人からすればThaiとSushiの組み合わせだけで大きく間違っていますが…。



そして店員はチャイナ服。ここまでくると笑えます。



これはスペシャル・ロール。ロールはもう一つバナナ・ロールを頼んだのですが、そちらにはご飯が使われていませんでした。美味しいのは美味しかったのですが、すでに寿司ではないような気が…。



これはEnsalada de Wakami。ワカメ・サラダといいたいのでしょうが…。海草ではありますがワカメではありません。ただ、これはAkaなどの他の店でも同じなのでしかたがないでしょう。あとはTartar de Tunaを頼んだのですが、これはSushi-Yaの方が個人的には美味しいと思います。場所が場所なのでお値段はかなりしました。まあ、最後の夕食なのでいいことにしましょう。でも、もう1度行くことはないと思います。妹をホテルまで送ってぼくは連絡所へ帰ってきました。久しぶりの宿泊です。

ダイビング39日目


昨日は寝るのが遅かったので7時くらいに起床。出かける準備などをして、朝食に行きました。朝食をとりおえるとそのままホテルの外へ出て、ダイビング・ショップからの迎えを待ちました。門の外で待っているとだんだん人が増えてきました。まさか同じショップではないだろうと思っていたのですが、結局ワン・ボックスのタクシーが3台やってきて、みんな同じショップへと行きました。30人近くいたのですが、2/3はシュノーケリングでサオナ島へ行くお客さん。残りはダイバーでした。ショップにつくとぼくはすぐに潜りに行く準備。妹はショップ内で待たされていたのですが、スペイン語も英語もしゃべれないので、スタッフが来て必要事項を通訳してくれと頼まれました。記入用紙の内容を大きく端折って説明し、すべて記入させたところでぼくは出発の時間だったので妹を残して出かけました。前回来たのは半年くらい前ですが、1人を残してインストラクターがみんな入れ替わっていました。Sosuaでもそうですが、この世界は妙に入れ替わりが激しいです。まあ、潜るのが好きでこの仕事をやっているのでしょうから、いろいろな場所で潜りたいのでしょうけれど…。



今日は運悪く他に2本潜るお客さんがいなかったため、ぼくも1本だけ。しかも、妹と一緒の可能性もあるかなと思っていたので、まさかここはないだろうと思っていたSt. George。Bayahibeではこれが12本目ですが、3回目となるWreck(沈没船)です。36mの深度に沈んでいるためディープ・ダイブとなります。エア切れに備えて予備のタンクも沈めて万全を期して潜ります。昨日に比べて天気が悪かったので、海中の様子はどうかなと思いつつ、とりあえずカメラは持参しました。しかし、それほど心配は要りませんでした。深度が深い分どうしても暗くはなりますが、基本的にBayahibeの海は透明度が高いので多少暗くても視界はばっちりでした。写真を撮るにはちょっと明るさが足りませんでしたが。

ポイントについて準備を始めたのですが、ウェイトを持ってみると異常に重い。10「ポンド」で頼んでいたのですが10「kg」で用意されていました。倍の重さになっていればそれは重いはずです。ガイドにそれを言うと、何でそんなにいるのか変だと思ったんだけどと言われました。お互いにちゃんと単位を確認しておかなかったのがいけませんでした。カリブ海ではこれまで12ポンドで潜っていたので、普段Sosuaで選ぶ8ポンドでは軽いだろうと思って10ポンドと言ってみたのですが、いらない分を抜いて10ポンドに付け直すのが面倒だったのでけっきょく8ポンドで潜りました。最終的にはちょっと軽すぎたので、やはり10ポンドは必要なようです。



St. Georgeの潜り方は基本的にパターン化されていて、船尾の方に降りて、船首の方に向かい、また船尾へ戻るというのが基本です。途中で通路を抜けたり、操舵室へ行ったり、貨物室に入ったりとアレンジはもちろんありますが、それはダイバーのレベルや状況を見てガイドが決めます。ここのところエアの消費が早いダイバーにやられることが多いのですが、今日もまたやられてしまいました。25分を過ぎたあたりで1人が浮上しなければいけないレベルになってしまったので全員で浮上を開始しました。前回はぼくもけっこうエアを無駄にしてしまったのですが、今回はこの時点でまだ120bar(通常開始時は200barちょっと)あったので、今日は1本だけということを考えるともう少し潜っていたかったです。いつもですが、まあこればかりはしかたがありません。



3回目ですがここは本当に面白いです。これは通路を抜けているところ。



Wreckはいい漁礁になるので、いつ来ても魚はびっくりするくらいいます。サイズ的にはコスタリカには及びませんが、一面に魚、魚、魚。サメもいたのですが、ちょっと遠くて写真にはおさめられませんでした。残念。

5mくらいの深度でセーフティ・ストップをとるのですが、ここでウェイトの軽さが裏目に出るところでした。BCDのエアをすべて抜いてもやや沈む程度。タンクのエアがまだ半分ちょっと残っていたので止まれましたが、もっとエアが減っていたら止まれないところでした。ここはまあ索があるのでそれでも何とかなりはしますが、次回以降は気をつけなければいけません。さすがにもう浮力調整で苦労するということもないので、ちょっと重めで潜るくらいの方がいいかもしれません。35m、30分。

ぼくがショップに戻るとちょうど妹が出発するところでした。ということで片付けたあとも妹が帰ってくるまでショップの前で1時間ちょっとブラブラ。けっこう通りすがりでショップを覗いていくお客さんがいるのが意外でした。インストラクターも通りすがりのお客さんに声をかけて営業をしていました。もちろん、ダイバーではない人が大半ですから、営業の中心はサオナ島へのツアーです。11時半くらいに妹が帰ってきたので、片づけをして料金を払ってからまたホテルへ送ってもらいました。サオナ島へツアーに行っている人たちは当然まだ帰ってきていなかったので2人だけで送ってもらいました。



昼食のあとはちょっとお昼寝。起きてからはビーチやプール・サイドへ行ってくつろいでいました。昼過ぎから風が強くなっていて、ちょっと肌寒かったので泳ぎはしませんでした。17時頃からビーチで結婚式をやっていました。なかなか乙なものですね。お幸せに!





夕食は昨日は入れなかったア・ラ・カルトのレストランへ。何料理かよくわかっていなかったのですが、メキシコ料理でした。ア・ラ・カルトのレストランは計3ヵ所あり、もう1つはイタリア料理。もう1泊して全店制覇といきたいところでしたが、贅沢は言っていられません。妹は辛いものが苦手なので料理を選ぶのに苦労していました。明らかに辛いものは避けたのですが、それでも頼んだ鶏料理のソースはちょっと辛かったようです。ぼくは今日は羊肉のFajitaにしました。トルティージャが2枚しかついてこなかったので、普通の肉料理として半分くらいは食べました。美味しかったのですが、味付けが濃くてちょっと飽きました。夕方に結婚式をしていたカップルがすぐ後ろの席で、出席者と食事をしていました。ちょっとうるさかったですが、まあお祝い事なので気にしないことにしました。今日ものんびりと過ごせた良い1日でした。

Oasis Canoa


今日からはリゾートに出かけるということで朝5時に起きて3泊4日分の荷物をまとめ、6時に妹の宿泊しているホテルにつくように家を出ました。3泊4日分くらいの荷物であれば10分もあればまとめられるので問題なしです。早朝なのでタクシーを使い、ホテルの前で待っておいてもらい、そのまま首都に向かうバスのターミナルに行きました。時間的に間に合わないかなと思っていたCaribe Toursに間に合いそうだったのでMetroの予定をCaribeに変更したのですが、これが間違い。すでに満席で乗れず、仕方なく妹の大きなスーツケースを抱えてMetroのターミナルまで移動しました。まあ、この2カ所のターミナルは目と鼻の先にあるのでいいのですが、はじめに決めていた予定を迷って変えるのはよくないというお手本のような展開でした。Metroは空いていたので余裕で乗れました。Metroは相変わらずバスの車内が異常に寒かったです。Caribeも寒いことは寒いのですが、最近はそうでもないことが多いのでMetroの寒さはけっこう厳しかったです。首都に着いた頃はちょうど出勤時間帯で渋滞がひどく予想より20分ほど遅くターミナルにつきました。

交通費の関係で財布の中身が微妙だったので、ATMでお金を引き出してからタクシーでLa Romana行きのグアグア乗り場に向かいました。渋滞がひどい地点を抜けたあとはわりとスムーズにすすみ、9時半頃には国内各地へ向かうグアグアの一大発着点であるParque Enriquilloに到着しました。すぐにグアグアに乗り換え、45分頃にはLa Romanaへ向けて出発しました。ちょ度前の席に明らかに観光客とわかる白人のおじさんがいたのですが、全くスペイン語が理解できないようで見ているこちらが心配になるくらいでした。しかし、荷物的におそらく目的地は同じかなという感じでした。すると案の定でLa RomanaからBayahibeに向かうグアグアに乗り換えました。ちゃんとおりるところはわかっているのかなと心配していたのですが、ちゃんとBayahibeで下車していきました。ぼくたちはさらにグアグアですすみ、Playa Dominicusに建ち並ぶリゾート・ホテルの1つであるOasis Canoaというホテルで降ろしてもらいました。12時半前には着き、予想通り約6時間ほどかかりました。



チェック・インは15時ですが、オールインクルーシブの特徴であるリスト・バンドさえしておけば時間前でもレストランなどの施設は利用可能なので、手続きをして荷物を預けて、まずは昼食にしました。昼食はビュッフェ形式のホテルでも一番大きなレストラン。肉を焼いてくれたり、パスタをお好みで作ってくれるのも定番です。ぼくはホワイト・ソースのパスタをメインにあとは肉やシーフード、サラダ類を食べました。昼食のあとはホテル内をブラブラと探索。非常に広いホテルです。







風がやや強かったので肌寒いかなといところはありましたが、天気自体はとてもよかったので海はすごくきれいでした。大きいプールもありましたが、泳いでいる人はあまりおらず、ビーチサイドやプールサイドでくつろいでいる人が大半でした。子どもをあまり見かけませんでした。大人のリゾートといったところでしょうか。適当に施設を見て時間を潰し、15時になったらルーム・キーをもらいました。妹はシー・カヤックをしたいといっていたので、すぐに海へ行ってカヤックをしていました。カヤック自体は好きなのですが、けっこう腰にくるのでぼくはさらにホテルやビーチ沿いをブラブラ。昨日までの忙しさが嘘のようにゆっくりできてよかったです。

シー・カヤックから帰ってきた妹はそのあとしばらく眠っていたので、起こさないように持ってきたパソコンで仕事などをしていました。20時前になってやっと起きたので夕食に行きました。普通、オール・インクルーシブのホテルではア・ラ・カルトのレストランに入るために予約がいるのですが、ここではいらないということで1つのレストランへ行ってみました。するとすでに満席で、他に空席待ちのお客さんもいてけっこう待たなければいけなかったので別のレストランにしてみました。



そこもいっぱいだったのですが、20分くらいで空くだろうということだったのでこちらでは待つことにしました。適当に選んだのでどのタイプかわかっていなかったのですが、ドミニカ料理の店でした。ちょうど、どこで妹にサンコーチョを食べさせようか悩んでいたところだったのでここで勧めました。やや上品な感じで出てきましたが、それでも美味しいと気に入ってくれたようで何よりでした。ぼくはヤギを食べました。ナイト・ショーなどは見ずに部屋に戻って妹はそのまま就寝。まだ、時差ボケや移動の疲れもあるのだと思います。明日はダイビングなので、疲れをとるためにも早めに寝るのはいいことでしょう。予想以上にいいホテルで安心した1日目でした。

仕事と観光


昨日から妹がきているので今日から仕事は休みをとっていたのですが、どうしても今日中に片付けなければいけない仕事があり、妹には適当に市内をブラブラしているように言い、昼頃に待ち合わせをして朝から事務所で仕事をしていました。まずは停電の影響で金曜日にできなかったテストの印刷。その間に金曜日にテストを取りに来なかったTutorの1人がテストを数えて持って行きました。

コピー機が仕事をしている間に帰国に関わる帰路承認願の作成をしていると、それについて調整員の方からナイス・タイミングで連絡が入りました。本来帰国2ヶ月前に提出しなければいけないのですが、帰国便の決定が先週末になったため、提出できないでいました。ということで、できるだけ急いで提出してほしいとのこと。しかし、これには途中の滞在地での宿泊先と電話番号を記入しなければいけません。帰国の飛行機はJICA事務所のほうで手配してくれるということだったので気にしていなかったのですが、ホテルにいついては自分たちで手配しなければいけないとのこと。書類の提出は急ぐということだったので一緒に帰る同期の同意を取り付け、ぼくがホテルを探すことになりました。ニューヨークで一泊でわりと時間に余裕があるので、マンハッタンに宿泊することにしてネットでホテルを探したのですが、高い。男女2人ずつなのでツインにすればいいかなと思って探したのですが、ツインの設定があるホテルも少なく迷いに迷いましたが、何とか手ごろな料金のホテルを見つけてそこに予約を入れました。マンハッタンの夜をどう過ごすかについてはこれから相談です。

帰国の飛行機や宿泊先の情報など共通のものを記入し終わったあたりで妹を迎えに行かなければいけない時刻になっていたので、妹の宿泊先のホテルへ向かいました。今日は事務所と学校を紹介することになっていたので、すぐに事務所に逆戻り。ちょうどお昼時だったので、いつも昼食を食べているレストランへ行って、典型的なドミニカ人の昼食を食べさせました。バンデーラと呼ばれるものですが、美味しいといってわりと気に入ったようでした。昨夜もそうでしたが、ドミニカの食事はけっこう口に合うようです。まあ、短期滞在であればバリデーションの少なさも気にならないと思うのでいいと思います。

昼食のあと、学校に行くにはまだ早かったのでぼくはもう少し事務所で仕事。午前中に作成した帰路承認願いを同期にメールで送付して、自分の分は調整員の方に送りました。そのあと昼からきていた同期の1人とプロジェクト・ルームの改修工事についてちょっと打ち合わせをしてから学校へ行きました。学校では今日から前期の試験なので特別これといって授業はなし。管理職に妹を紹介し、お土産の白い恋人を渡して小一時間ほど学校を見せてから帰りました。



学校の前の通りにあるSerie del Caribeの宣伝用の看板です。左のプレートは今年参加する3カ国の国旗があしらってあります。



学校に行ったのですから、目の前にあるEstadio Cibaoに行かない手はありません。3日ぶりくらいでしたが、すっかりSerie del Caribeモードになっていました。バランスの問題もあるのでしょう、今回は参加しないプエルトリコの国旗も飾られていました。昼のモニュメントにも登りたいということだったので球場を見たあとはモニュメントに向かいました。



モニュメントに向かうまでの間の旧市街も紹介することにしてCalle del Solを辿って歩いて行きました。これはサンティアゴで最初にできた教会の中です。平日に行ったことがなかったため、中に入るのはこれが初めてでした。予想以上に広くてきれいでした。



Fortareza San Luis。独立戦争のときに使われた要塞です。Rio del Yaque、Orgaの時に氾濫して大きな被害を出した河沿いにあります。こちらも何度か前を通ったことはありましたが中に入るのは初めてでした。



中にはちょっとした兵器が展示されていたり、独立戦争に利用された兵器や戦争の様子を描いた絵画などが展示された小さな博物館もありました。奥のほうの建物は交通警察や麻薬警察が現在も利用していました。ここを出たあとは真っ直ぐモニュメントへ向かいました。

モニュメントは昨夜の騒ぎが嘘のように、静かで落ち着いた空間に変わっていました。中の展示を見て展望台までのぼりたいところでしたが、月曜日はお休みのため残念ながらのぼれず。まあ麓から見るサンティアゴの景色も十分きれいなのでいいのですが。そのあとはいつも歓送迎会などで利用しているRiki Martinへ。妹に会って話をしたいという同期が合流して夕食にしました。



Calle del Solを歩いているときに見かけた車です。ボールがめり込んでいるものなど、最近はこういう装飾がけっこう流行っているようです。シールで貼っているのですが、そういえば先日もEstadio Cibaoの駐車場のあたりでボールのやつが配られていました。

さて、妹のサンティアゴ滞在も今日まで。明日の早朝には東部のBayahibeに向けて移動します。オール・インクルーシブのビーチ・リゾートに2泊の予定です。話の種にと思い、まだ誰も行ったという話を聞いたことがないホテルにしてみましたが、さてサービスや施設はどんなものでしょう。パソコンは持っていくつもりですので、ネットが使えれば旅の様子などはアップしていきたいと思います。使えなければ帰ってからまとめて。最低限必要な仕事は終わらせたと思いますが、この帰国前になって1週間丸々休みをとるのはけっこうきつかったです。まあ、でもせっかくとった休みなので楽しんできたいと思います。

Hermana


Hermanaはスペイン語で姉妹の意味です。明日から1週間仕事は休みをとっているのですが、今日から妹がドミニカ共和国にやってくるので、その相手をするためでした。首都の近くにあるLas Americas国際空港に到着するので、迎えに行くために朝から首都へ出かけていました。スペイン語ができれば、空港からサンティアゴまで来る方法を教えて、勝手にこいでなんとでもなるのですが、スペイン語どころか英語すら怪しい妹ですのでしかたがありません。飛行機は予定通り到着。1年3ヶ月ぶりくらいの再会です。まあ、日本にいたときにはそれ以上の期間会わないこともあったので時間的には珍しくもありませんが、いつでも会えるのに会わないのとそうでないのは若干感慨も違うかもしれません。



ちょうど昼時に着いたので空港で昼食にしました。コスタリカに行く時にあったのは知っていたのですが、3階に日本食の店がオープンしていました。まあ、しかし妹は別に日本食が恋しいような状態ではない(当然)なので、別の店にしました。彼女はタコス、ぼくはブリトを食べました。わかってはいましたが、空港での食事は非常に高くつきます。この週末NYに行っていた専門家の方が昼くらいに着くということで、会えるかなという話をしていたのですが、ニューアークから来た妹の便とは前後の便が1時間ずつくらい違っていたので残念ながらお会いできませんでした。

昼食のあとはタクシーでCaribe Toursのターミナルへ行って、そのままサンティアゴへ帰ってきました。サント・ドミンゴ市内ではPLD(現大統領の所属政党)の大統領選挙に向けての集会があったようで。途中混んでいるところはありましたが、日曜日ということで車もそれほど多くなく、バス自体も比較的空いていて順調にサンティアゴまで帰ってくることができました。サンティアゴに着いてからはまずステイ先に連れて行って部屋を見せたり、日本から持ってきてもらったものを受け取りました。ここでショックなことが1つ。新しいACアダプターを持ってきてもらったのですが、交換しても接触の悪さは変わらず…。最悪の事態として本体の電源系のほうがダメになっているという予想はあったのですが、実際にそれが判明するとけっこうショックでした。あと50日ほどですが、もう新しいパソコンを手配しても運ぶ手段がないので、残り約50日ほどは騙し騙し何とかもってくれればと思います。



家を案内したあとはホテルへ移動。部屋にテラスやベランダはありませんが、ホテルのバルコニーから見た夕日です。安宿ですが、サンティアゴ隊員お勧めの値段のわりには小ぎれいな対応のいいホテルです。今日、明日と2泊の予定です。



同じくバルコニーからはモニュメントも見えました。写真を撮るにはちょっと天気がよくなかったのが残念でした。首都は快晴で、カリブ海もきれいに見えていたのですが…。

ホテルにチェック・インして荷物をおいたあとは食事に出かけました。ドミニカ料理が食べたいということだったので、モニュメントの麓にあるレストランへ出かけました。ドミニカ料理の店というわけではないのですが、モニュメントを見ながら食事ができるので人気の店です。ドミニカ料理はモフォンゴとアソパオを食べてもらいました。どちらも美味しいということで気に入ったようでよかったです。どこかでサンコーチョを食べる機会があるといいのですが。



今日はなぜかモニュメントの周りでお祭り騒ぎ。Aguilasの応援グッズを持っている人がたくさんいて、何かイベントがあったんだなということはわかりましたが、朝からサンティアゴにいなかったので何をやっていたかはいまいちはっきりしませんでした。帰りにタクシーの運転手に話を聞くと優勝パレードがあったとのこと。見逃したのはちょっぴり残念でしたが、まあしかたがないでしょう。写真はモニュメントから撮った周辺の様子。露店がたくさん出ていました。

そういえば帰国の予定がだいたい決まりました。3月19日の11時頃にサンティアゴを出発し、15時頃NYに到着。翌20日の13時半頃にNYを出発し、日本時間の21日16時半頃に成田着です。週末には帰国後研修がないので、その足で19時羽田発の松山行きに乗り実家に帰り23日に東京に戻って、2日間の帰国後研修を受けます。25日の帰国後研修の終了後に19時頃の千歳行きに乗り、20時半頃には北海道に帰ります。26日からは仕事への復帰に向けてあいさつ回りや新生活準備。慌しい日々が待っていそうです…。