プロフィール

へー

Author:へー
生まれも育ちも愛媛県ですが、大学以降北海道を終の棲家ときめこんでいます。
ついでに小学校教諭を自分の天職と思い込んで子どもたちと過ごしてきました。辞める気はまったくありませんが、2008年3月まで青年海外協力隊員としてドミニカ共和国で活動してきました。暑いところが嫌で北海道に移り住んだはずなのですが、常夏のカリブ海で問題なく適応できた自分が不思議でした。2008年4月からはまた教壇に復帰しています。
協力隊に参加するために駅前留学をしていたのですが、ドミニカ共和国は公用語がスペイン語。せっかく覚えた英語は…。そして派遣中に肝心のNOVAは破綻…。英語もスペイン語も使わないとどんどん忘れさられていきます。悲しいですね。
趣味は読書、スキー、ゴルフ、献血、etc。ドミニカ共和国滞在中はダイビングにはまっていましたが、北海道ではとてもとても…。現在、一番の趣味はダイエットです。

カレンダー

11 | 2007/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

検索フォーム

トクノフミトシ4コマまんが

北海道の小学校で教師をしています。日々の生活の様子などを気ままに綴っていきます。 2006年4月から2008年3月まで青年海外協力隊に参加していました。ドミニカ共和国について知りたい方は過去記事をどうぞ。

大晦日


いよいよ2007年も今日で最後。昨日書いたとおり、大掃除をするべく朝起きてからさっそく活動開始。まずは洗濯物をかたづけることにして、シーツや旅行中の服などを洗濯しはじめました。けっきょく3回ほど洗濯機を回すことになりました。並行して部屋の掃除も。まずは不要物の処分から。1年8ヶ月の短い生活ということから、基本的に荷物は増やさないように心がけているのですが、それでも書類などは気がつけばいつの間にかけっこうたまっています。またいつか読むかもといった気持ちがあり、ついついためがちになってしまうのですが、残りの任期も3ヶ月をきりましたし、思い切ってばさばさと捨てさせてもらいました。それでも、どうしてもまだ捨てられないものはあるので一応目を通してながら選別していると、これに思ったより時間をとられてしまいました。

床の掃き掃除が終わった時点で11時過ぎ。同期と現在ホンジュラスで専門家研修を受けているぼくの学校の前々任者の方と一緒に昼食を食べることになっていたので、ここでいったん掃除を中断して出かけました。12月31日ともなれば日本では日常とはちょっと違った街の顔を見せるところですが、ここではいつもの平日とあまり変わりのない感じでした。



うちの近くにある銀行です。普通に営業していてお客さんの車もいっぱいでした。でも、帰ってくるときにはすでに閉まっていたので、営業時間はいつもより短めだったようです。



その辺にあるタイヤ屋も普通に営業していました。クリスマスや宗教的なお祝い事などの際にはちゃんと閉まるので、1年の終わりを特別視していないだけのようです。



道路工事なども変わりなくおこなわれていました。



少な目といえば少な目でしたが、露天なども普通に営業中。

交通量も普段よりはちょっと少ないかなという程度で、いつもどおりの生活が展開されていました。同期は大晦日なのでレストランなどもやっていないところが多いのではないかと予想してチェーンのピザ屋を指定してきていたのですが、どうやらどこでも大丈夫だったようです。時期が時期ですから専門家の方は仕事ではなくプライベートでサンティアゴに滞在中。14年度1次隊でぼくの学校では初代のボランティアとして活動されていました。プロジェクトの立ち上げ時期に活動されていた方で、昔の話などもいろいろと聞きながら昼食を食べました。明後日にはホンジュラスに帰るということですが、久しぶりのサンティアゴとドミニカの食事を堪能されたそうです。

食事のあとは家に帰って掃除を再開。帰り道では午前中に開いていた店もけっこう閉まっていたりしたので、多少は大晦日ということが意識されているのかもしれません。掃き掃除までは終わっていたので、トイレとバスの掃除をしてからそのまま床の拭き掃除。塩素系の洗剤のにおいにやられつつも床をゴシゴシ。久しぶりにけっこう徹底的に掃除をしたのでなかなか爽快です。これで気持ちよく新年を迎えたいと思います。

掃除のあとは2008年1月1日から運用を開始することにしていたボランティアのメーリングリスト関係の仕事を少しこなして今日の仕事は一段落。年越しは昨年と同じくSVの方のお宅で過ごすことになっています。

2007年は忙しかったようなそうでもなかったような…。細々とした活動はいろいろとしてきましたが、調整業務が中心だったのでこれが今年の自分の活動ですといったこともなく終わりました。まあ、そういう役回りの方に適性があるようなので、事務所に入る人が来るまでは他の4人が気持ちよく仕事ができるように残りの任期もしっかりやっていきたいと思います。私生活ではデング熱で初入院も経験しました。ここにいる間くらいかなと思いつつ始めたスキューバ・ダイビングもレスキュー・ダイバーまで習得できました。できればダイブ・マスターまで取ろうと思っていたのですが、そうそう甘くはありませんでした。初の海外旅行にも行きました。ここでの生活は海外旅行とは呼べないでしょう。協力隊に参加する前までの自分では考えられなかったような経験がいろいろできた1年でした。この1年本当にあっという間に過ぎましたが、自分なりに充実した1年だったと思います。2008年は帰国、日本での復職とまた大きな変化が待っていますが、また充実した1年だったと振り返ることができるような年になればと思っています。

2007年も稚拙な文章にお付き合いいただきありがとうございました。任期終了まで3ヶ月弱ですが、2008年ももう少しお付き合いいただければ幸いです。それでは、みなさま良いお年を。

帰宅


昨日は移動の車や飛行機の中でかなりの時間寝てしまっていたために、夜なかなか眠くならず延々と漫画を読んでいました。それでも明け方にやっと眠くなったので3時間ほど眠りました。9時くらいに起きても特にこれといってやることはないので、また漫画を読んだり朝から元気な19年度2次隊のメンバーと話をしたりしていました。昨夜はいなかった首都隊員も集まっていて19−2は全員集合。彼らと話をしていたというよりはなんとはなしに話を聞いていた状態でした。19−2は他隊次とくらべて年齢的にずば抜けて若いのですが、会話を聞いていると元気いっぱいです。それほど老け込んでいるつもりはないのですが、年の差を感じさせられてしまいました。

昼前に帰ろうかなと思っていたのですが、調整員の方から電話が入り、わざわざ公用パスポートを受け取りに来てくださるということだったので連絡所で待っていました。急いでサンティアゴに帰らなければいけない用もなかったですし、どうせ返さなければいけないパスポートをわざわざサンティアゴと行き来させるのも面倒だったのでありがたかったです。11時前にはきてくださったのでこれで首都でやらなければいけないことはなし。19−2のメンバーも買い物にに行くということだったのでそれにあわせて連絡所を出ました。

ちょうど昼時だったので首都の隊員と昼食でも食べてから帰るかなと思って電話をしたのですが出ませんでした。サンティアゴの人は首都に来てもすぐに帰って遊んでくれないとよく言われているので連絡したのですが、肝心の本人がつかまらないのではしかたがありません。とりあえずOMSAでCaribe Toursのターミナルに行きました。OMSAに乗ったとたんに台湾人かと聞かれたので違うと言うと日本人かと聞かれ、なぜかその人とそのまま野球談義などをして時間潰し。しかし、中国の名前が出てこなかったのも珍しかったですが、台湾人と言ってくる人も珍しいです。年の瀬ということもあって、それぞれの田舎に帰るのでしょうかターミナルは普段以上に混雑していました。首都の道やOMSA、グアグアなどがいつもより人が少なかったのとくらべると対照的でした。12時5分前について12時半の便が運よくとれたので、トスターダとオレンジ・ジュースで軽い昼食をとってサンティアゴに帰ってきました。

帰りついたサンティアゴのターミナルもやはり人でごったがえしていました。年末年始は家族と過ごそうと考える人が多いということでしょう。とはいえ、日本のように三が日を休むといった習慣もないので1月2日からは平常に戻ります。ただ、明日と明後日は営業している店が極端に減るので、家に荷物をいったん置いてから念のために食料をスーパーに買いに行ってきました。買い物から帰ったあとは家でダラダラ。約2週間ぶりですが、やはり自分の部屋が落ち着きます。2週間以内間に埃っぽくなっていましたし、旅行に出かける前がバタバタしていて部屋が散らかっているので、明日は大晦日なので大掃除でもしようと思います。今日からやれという感じですが、まあ今日は旅の疲れをとる1日ということで。

写真なしの記事にしようかなと思いましたが、任国外旅行のおまけ写真をちょっと。



昨日の帰りの飛行機の中で出たビールです。利用したのはTACA航空で、乗った便を運行していたのはLacsaというコスタリカの航空会社でしたが、出てきたのはなぜかメキシコのビール。



ラフティングのときに購入したTシャツです。赤、白、黒もありましたがスタッフが着ていたものと同じ色の青にしました。



これはFlamingoのダイビング・ショップのTシャツ。ダイビング・ショップのTシャツは記念に購入することにしています。とはいえ、これで3軒目。



Tamarindoのダイビング・ショップのTシャツ。絵は他にもサメのデザインがあったのですが、せっかく間近で見られたのでマンタを選択しました。

Museo del oro


任国外旅行もいよいよ最終日。といっても今日は帰るだけ。朝7時過ぎに迎えの車がきて首都San Joseに向かいました。他に2人のお客さんがいました。もう一組いる予定だったらしいのですが、そのお客さんが予定の時刻にホテルのロビーに現れず、乗せずに出発。おかげで8人乗りの車に運転手を入れても4人ですからゆったりと帰ってくることができました。San Joseに到着したのは13時過ぎ。6時間の道のりでした。さすがに疲れました。

昼食を食べてから空港に向かうまでにまだ時間があったので、Museo del oroを見学に行きました。



国立劇場の隣の広場の地下にある博物館です。Banco Nacional(国立銀行)の運営です。入場料は7ドルでした。



Himuno Nacional(国歌)の歌詞カード。どうやら国歌制定時に作られたもののようでした。



国立銀行が運営しているということで常設展には貨幣の変遷に関するものもありました。紙幣の印刷機なども展示してありました。



美術館のような部分というか、特別展で動物をモチーフとした芸術展をやっていました。



20種類くらいのコスタリカの動物の木彫。



黒猫の絵です。もちろん、立体ではありませんので影はどうやってつけているかはおわかりですね?



ここから黄金の博物館でした。



全コロンビア時代の発掘物を中心に展示がされていました。



生活の中にどのように利用されていたのかという展示もありました。

1時間ほどブラブラしてからホテルに戻り、ツアー会社の人と少し雑談をしていました。そうすると程よい時間になり、迎えの車がきたので、それに乗って空港へ行きました。空港ではまず出国税を払って、航空券の手続きをしようとすると、航空会社の係員の人に公用パスポートは出国税を払う必要がないから、お金を返してもらって別のところで手続きをしてからまたきなさいといわれました。前回の任国外旅行では言われるままに払いましたが、今回は親切な係員で助かりました。まあ、その分余分にお土産を買ってしまったので一緒といえば一緒ですが。



飛行機は18時45分出発予定が、結局19時20分過ぎにテイク・オフ。10日間を過ごしたコスタリカともお別れでした。飛行機から撮ったSan Joseの夜景です。2時間半弱のフライトで、時差が2時間あるので到着は23時50分頃。ボーディング・ブリッジの接続にやけに時間がかかり、飛行機から降りることができたときには日が変わっていました。さっさと帰りたかったので荷物は機内に持ち込んでいました。幸い席も前の方だったので、一番で入国手続きを済ませ、さっさと空港から帰りました。コスタリカの旅行は楽しかったですが、やはりなんとなくドミニカ共和国のほうが落ち着きます。

今日は写真でごまかして文章は少なめになってしまいましたが、ご容赦ください。

ダイビング40日目


コスタリカでのダイビングも最終日になりました。昨日までとは違い今朝は8時半に迎えが来ることになっていたので、ゆっくりと朝食を食べてから準備をしました。昨日写真に撮ったショップはホテルから近いところにあるのですが、そこには行かず真っ直ぐビーチに向かいました。ビーチで必要書類に記入をして船へ。ダイビングを申し込むときにあらかじめ必要な機材のサイズなどを質問されていたので、すでにすべて船に準備してあるようでした。ショップが変わっても潜るのは昨日までと同じくCatarina島周辺。ただし、FlamingoよりTamarindoのほうがCatarina島から遠いため高速タイプのボートを使っての移動になりました。それでも40分…。海が穏やかで、天気がよかったので船酔いの心配はせずに済みましたが、もし荒れていたらと思うとゾッとします。



ボートに乗り込む前に1枚。たくさんの船が係留されていたのですが、なぜかここが一番人気でした。

船が小さいのでダイバーのキャパシティはガイドを入れても7人。今日は6人でした。ぼく以外のお客さんは昨日も潜っていたらしい男性2人組と、Catarina島は今日が初めてらしいウェイト以外の機材がすべて自前のカップルでした。1本目のポイントにつく10分くらい前からブリーフィング。潜行の手助けに索を使うとのこと。オープン・ウォーターのライセンスをとったときくらいしか使っていないので、別にいらないのになぁと思っていると、ぼくは必要がなければ使わなくてもいいとのことでした。どうやら男性2人組が初心者の模様。ということでダイビング・プランも深度15m前後を中心に設定。大物を見るにはちょっと浅いなぁと残念でしたがしかたがありません。ただ、全体的に斜面になっているので、ぼくは他の人たちを見失わなければ深いところを行っていいとのことでした。

1本目のポイントはLas Tetas。ドミニカ共和国では、だいたいのダイビング・ポイントにボートの係留用も兼ねて索が設置されていますが、自然保護の観点もあるのかコスタリカではそれがありません。ですから、わざわざアンカーごと沈めて索を準備。船からはバック・エントリーということだったので、ぼくは機材を海に入れてもらって海中で装着。あとは船でつけてからエントリーしてくるので手早く装着したのですが、残りの4人はなかなかエントリーしてきません。結局5分以上待ちぼうけをくらいました。ようやくダイビング開始と思ったら今度は初心者の1人とカップルの男性が潜行できません。全部自前の機材だったのでベテランだと思っていたのですが、どうやらそうでもなかったようです。ガイドが索を使って何とか潜らせましたが、前途多難の予感…。



視界は基本的にそれほどよくないということはこの4日間でよくわかったので、今日はまあこんなもんかという感じでした。熱帯魚系の魚は動きが速く近づくことができてもカメラを向けるとさっと逃げてしまうのでなかなかいい写真が撮れません。ズームだと暗くてきれいに写りませんし、この辺が視界の悪い海の難点です。



今日は泳いでいるタコを見つけました。かなり寄ってから撮れたのですが、ギリギリで体の一部に逃げられてしまいました。何か別の生き物に見えますが一応タコです。

一昨日も書きましたが、基本的にエアの残圧が1/4をきると浮上します。減圧症を防ぐためにセーフティ・ストップの時間をとる必要があるからです。エア・ゲージの表示にはBarとPSIの2種類あります。通常200Barまたは3000PSIでスタートして、50Barまたは750PSIで浮上を開始します。頻度はガイドによって異なりますが、たまに残圧を質問されます。今日はPSI表示のゲージを使っていて、35分くらいにたずねられた時点でまだ1600PSIくらい残っていました。半分以上残っている時はOKサインでいいということだったのでぼくはOKの合図。カップルの方を見ると800とか700と出していたので1800だと思っていたらガイドがダイビング終了の合図。よほどのディープ・ダイブでない限りぼくはもう1/4までいくことはありませんが、それでも半分残して終わるのはちょっと早すぎます。ブリーフィングでも40〜45分と言っていたのでもう少し潜っていたかったのですがこればかりはしょうがありませんでした。

さらに初めに潜行できなかった2人がセーフティ・ストップがうまくできず浮上しそうになって大変でした。ガイドが初心者の方を押さえ、カップルの男性にはウェイトを1つ渡しました。しかし、それでもカップルの男性の方はまだ浮上がとまらないので、ぼくが足をつかんで引き戻しそのまま押さえていました。レスキューの訓練がこんなところで役に立つとは思いませんでした。24m、40分。

カップルの男性の方は明らかにウェイト不足だったので、ガイドの1つに加えぼくのウェイトも1つ(2ポンド)とって計2kgほど追加。ショップが変わり、機材も変わったので少し重めのウェイトで潜っていたため、ぼくのほうは1つくらいはずしても問題なしでした。

2本目はPeligrosa。また一番初めにエントリーしたのですが1本目で学習したので、機材の装着はせずに浮き輪代わりにして泳ぎながら待っていました。案の定また時間がかかったので正解でした。4人目がエントリーしたところで装着。潜行もガイドと2人で4人が無事に潜り始められたか確認してからスタート。さすがに2本目は比較的すんなりと始められました。1本目より視界がよかったのもありがたかったです。



ロブスター。ほんとは真正面から撮りたかったのですが、岩に邪魔をされて上からしか撮れませんでした。



十字のヒトデと上に乗っているのはエビの仲間だそうです。



トゲトゲのついたかわったヒトデもいました。ここは視界がいい上に明るかったのでフラッシュが作動せず緑色。強制発光させればよかったです。

2本目も35分が経過する前に誰かのエアがきれて終了。開けた場所に出て、これから大物を探そうかなというところで終わってしまったので非常に残念でした。自分のゲージを確認するとエアはやはり半分くらい残っていました。しかたがないとはいえ、浅めのところを潜り時間も短いということで最終日としてはちょっと不満の残る結果になってしまいました。これといった目玉になるようなものに出会えていればまた違ったのですが…。17m、40分。



また、40分の船旅でビーチに戻りました。帰りはビーチを歩いてホテルまで帰りました。途中に昨日はなかったビーチ・バレーのコートが設置されていました。某コーラ会社の協賛のようで旗にはマークがはっきり見えていたのですが、うまく写っていませんね。旗が赤地ではなく白地なのでどちらのメーカーかは名前を伏せてもばればれです。

ホテルに帰ると昨日のオサガメの産卵ツアーであったコスタリカの隊員の方がいました。申し込みが遅かったので、連泊ができず今日はぼくと同じホテルということでした。せっかくなので一緒にお昼ご飯を食べに行ってきました。さて、いよいよ明日は帰国です。首都San Joseで3〜4時間時間があるので最初の2日間で行けなかった博物館などに行ってこうようと思っています。

Tamarindo


12時過ぎにホテルをチェック・アウトして移動開始。タクシーで30〜40分ほどということだったのでフロントで呼んでもらおうと思うと向かいのツアー・デスクで呼んでもらえと言われました。しかたがないのでそちらに頼んだのですが、タクシーが見つからないとのこと。ホテルを出て坂を下ったところにタクシーがいることがあるからそちらで捕まえろと言われたので、とりあえず行ってみることにしました。しかし、タクシーも呼んでくれないホテルとは…。行ってはみましたが坂を下ったところにタクシーはいませんでした。基本的にリゾート・ホテルしかないようなところですから流していもお客さんは捕まりません。まあ、時間はたっぷりあるのでブラブラと歩いてみることにしました。結局次のBrasilitoというビーチまで約5kmちょっと歩いたのですが、その間に見たタクシーは1台だけでした。途中にこれといった繁華街もなく穏やかな昼下がりの散歩になりました。荷物はちょっと重かったですが。歩いていると現地の人間だと思われるのか2〜3台の車に道を聞かれました。たまたま最初に1台では答えられましたが、あとはまあ当然お役にはたてませんでした。歩くのはともかく荷物の重さに疲れたのでBrasilitoでタクシーを拾い目的地のTamarindoへ。



Tamarindoは有名なビーチらしく、町も活気にあふれ人がたくさんいました。ビーチはこんな感じですが、水の色はやはり暗いですし、砂も茶色というか灰色というか…。きれいな海という判断基準が異常に高くなっている自分がいました。



ここはサーフィンに向いているということで有名なようです。メイン・ストリートにはサーフ・ショップが軒を連ねていましたし、たいていはスクールを併設しているようです。赤いシャツを着ている人たちはそのスクールの生徒さんたちです。海の中では波が高いので泳いでいる人よりもサーフ・ボードを抱えている人たちのほうが目立ちました。



ドミニカ共和国から近いとはいえ、サッカーが盛んなあたりが中米です。ドミニカ共和国のビーチではまず見られない光景ですが、こちらはこれがあたりまえなのでしょう。久しぶりにサッカーボールを見たような気がします。



ブラブラと町を散策していたら明日利用することになっているダイビング・ショップを発見。でも、とりあえず外から眺めただけです。

夜はオサガメの産卵ツアーに参加することになっていたので、ホテルのフロントのところに18時集合。なぜか日本語が聞こえるなぁと思っているとアメリカから来たという4人家族と一緒になりました。案の定同じツアー会社を使っていました。迎えがきて車に乗り込むとそこにももう1人日本人が。こちらはなんとコスタリカの隊員。18年度2次隊ということだったので直接は知らない方でしたが、お互い1人だったので一緒に行動させてもらいました。車で5分ほど移動したところで下車。まずは簡単なブリーフィングを受けました。

オサガメの産卵が見られるのはPlaya Grandeというビーチで、上陸してくるのを待って、待機場所から移動するとのことでした。昨日までは深夜に時間を設定していたそうですが、今日から時間を早めたということで待機時間がどれくらいになるかはわからないということも言われました。4時間待っても見られないときは明日に変更ということだったので、根気が必要だなと思いました。説明のあとは待機場所に移動。ボートに乗って川を渡り、あとはビーチをひたすら歩いていきました。ビーチ沿いにホテルがあってそこで待機しましたが、空には満天の星。ツアーではカメラを使ってはいけないということでホテルにおいてきてしまったのが残念なくらいの素晴らしい星空でした。20時半過ぎからガイドの動きが慌しくなり、21時前に行動開始。ブリーフィングの際にけっこう移動するということは言っていましたが、歩く、歩く。しかもかなりの早足で子どもや小柄な女性にはちょっと大変なくらいでした。途中で上陸中のオサガメも見かけましたが、こちらは産卵までにはまだ時間がかかるということでさらに奥へ。Playa Grandeの名に恥じない非常に広いビーチでこのツアーだけで往復5〜6kmは歩いたと思います。

いよいよ目標のオサガメのところにたどり着き、ガイドに連れられて後ろから回り込むと後ろ足を器用に使って砂を掘っているところでした。けっこう固めの砂浜だったのですが、少しずつ少しずつ穴を大きくしていきます。2グループで見に行っていたので、途中で交代しながら見ました。ガイドというか、保護司のような人たちが体長などを記録していましたが、ぼくたちが見たオサガメは体長1.5mほど。ガイドによると大きい方だそうです。穴を掘り終えたところでいよいよ産卵開始。ガイドが後ろ足を押さえて卵が出てくるところなども見せてくれました。けっこうな高さを落としているのですが、殻が柔らかいからか割れないのが不思議な感じでした。1度に何個くらい産むのか質問すると60〜80個ということでした。産卵は3年に1度で、1シーズンに10回ほど産卵のために上陸するという説明でした。産卵が終わったあとはやはり後ろ足を器用に使って砂をかけていきます。ただ砂をかけるだけではなく後ろ足で砂を押し固めているあたりに卵を守ろうという思いが感じられました。観察はこれで終了。なかなか感動的な体験だったのですが、下手くそな文章だけではいまひとつうまく伝えられません。

ホテルに戻ると23時。今日はわりと充実した1日になりました。