プロフィール

へー

Author:へー
生まれも育ちも愛媛県ですが、大学以降北海道を終の棲家ときめこんでいます。
ついでに小学校教諭を自分の天職と思い込んで子どもたちと過ごしてきました。辞める気はまったくありませんが、2008年3月まで青年海外協力隊員としてドミニカ共和国で活動してきました。暑いところが嫌で北海道に移り住んだはずなのですが、常夏のカリブ海で問題なく適応できた自分が不思議でした。2008年4月からはまた教壇に復帰しています。
協力隊に参加するために駅前留学をしていたのですが、ドミニカ共和国は公用語がスペイン語。せっかく覚えた英語は…。そして派遣中に肝心のNOVAは破綻…。英語もスペイン語も使わないとどんどん忘れさられていきます。悲しいですね。
趣味は読書、スキー、ゴルフ、献血、etc。ドミニカ共和国滞在中はダイビングにはまっていましたが、北海道ではとてもとても…。現在、一番の趣味はダイエットです。

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トクノフミトシ4コマまんが

北海道の小学校で教師をしています。日々の生活の様子などを気ままに綴っていきます。 2006年4月から2008年3月まで青年海外協力隊に参加していました。ドミニカ共和国について知りたい方は過去記事をどうぞ。

配達


その日の話題はその日のうちにということで毎日書いているのですが、今日は昨日のメールの話から。昨日Blogを書いていると調整員の方からのメールが入ってきました。夜遅くまで大変だなあと思いつつ、とりあえずBlogに集中。書き終わってからメールをチェックしました。文書が2つ添付されていて、連絡所利用規約と連絡所利用細則の2つでした。事務所での承認がおりたということでわざわざ送ってくださいました。とりあえず総会には間に合いました。どうせ議論の余地はないので、どうでもいいかなと思ったのですが、それでも一応内容はチェック。

利用規約の文書のほうを見てちょっと唖然としました。28日のBlogでは利用細則改定の手続きの方法についていろいろ書きましたが、特に規約の3条との整合性と運用の仕方に疑問を呈していたつもりです。すると送られてきた規約の3条が29日付で『「ドミニカ共和国連絡所利用細則」は、必要に応じJICA事務所が検討の上、定を行う。また、運営委の各係により改定の発議がある場合は、JICA事務所に改定の提案を行い、JICA事務所が内容を検討の上、改定を行う。』というように改定されていました。これで、9月1日に利用細則の改定をJICA事務所がおこなっても、手続き上の瑕疵はありません。まあ、総会の場で利用細則改定手続きのことを話題にするつもりもなかったのですが、理屈上はこれで文句のつけようもありません。

ドミニカ共和国での生活をBlogに書くにあたって、JICA事務所には届出を出してあるので、たまに読んでいる人もいるかもしれません。新連絡所の運用開始にあたって、利用範囲がSVにも広がるので利用規約の改定は当然以前から検討されていたと思います。ですから規約と細則改定手続きの齟齬をぼくがBlogに書いた翌日付で規約が改定になっているのはたまたまなのでしょう。ただ、ぼくが利用細則の改定について本格的に連絡所の担当調整員の方と打ち合わせを始めたのは8月に入ってからです。この項目がその時期に検討されていればぼくが改定案などを考える必要はないですし、20日以降もまだ打ち合わせをしていたので、規約の改定は正式にはいつごろ決定したのでしょうね。もちろん、29日以前だと思いますが。

利用細則はおおむね打ち合わせ通りになっていました。リーダーの1人でもある首都隊員と電話で話をしたときに、細則の方はぼくの案がかなり通るらしいということを事務所で聞いたという話をしていたのですが、別に自分の意見を受け入れてほしいわけではありません。それをもとに総会で議論をして、どうすれば連絡所の使い方を改善していけるかという一つの意識付けの機会にしたかったのですが、すでに議論の余地がなくなった以上、自分の意見だけが通っても何の意味もありません。

規約・細則ともにボランティアは連絡所の運営に協力するとあります。事務所が様々なことを決定して、それに協力していけばいいわけです。今後自主的な運営をしていくわけではないので、総会を開いて何かする必要性も特に感じません。何か議論をしたところで結局は事務所が決めるのですから。で、あればわざわざ忙しい中を集まってリーダー会や総会をする時間を自分の活動にあてればいいですし、活動状況に合わせて個々で運営に協力していけばいい話です。明日は以前から設定しているので臨時総会を開催しますが、決まったことを伝達するだけですから、さっさと終わらせて引っ越し作業の時間を確保した方がまだ建設的でしょう。

もちろんこれまでも最終決定県は事務所にあったので、今まで通りに運営してくれればいいというのが事務所のスタンスでしょう。最終的には事務所から自主性を尊重してもらえない自分たちの行動に責任があります。これまで改善の余地はいくらでもあったはずですが、自主的にそれができなかったのですから反論のしようがありません。それでも今回のやり方はどうにも納得いかないのです…。

さて、気分を変えて今日の話題です。今日はまず学校の様子を見に行ってきました。生徒どころか先生たちも来ておらず今日は完全にお休みでした。学校にいたのは副校長と掃除の人たちと少し遅れてきたSecretariaくらいでした。もちろん工事の人たちはいましたが。バスケット・コートと校舎の外壁の塗装はもう間に合わないので来週以降だそうです。中はきれいになったので来週から授業はスタート。ということで、しばらくは工事と授業が平行してすすめられることになります。休み時間が怖いですね。



一昨日はひどい状態だったぼくの部屋もきれいになっていました。しかし、机の上においてある段ボール箱の中身は明らかに大半がぼくのものではなく、ごみもチラホラ。来週整理しようと思いますが、勝手に捨てていいんでしょうか。あとは教材がどこに行ったかな〜。とりあえず部屋が明るくきれいになったのは嬉しいですね。



まだ廊下のタイル張りをしている部分がありました。もっとも今日中には終わりそうな雰囲気。終わってくれなければ困りますが。まだ中庭などにはごみや瓦礫が散らかっていて落ち着かない雰囲気ですが、トラックに瓦礫などをスコップで積み上げていたので、こちらもそのうちきれいになるでしょう。きれいな校舎や教室に子どもたちの声。来週月曜日が楽しみです。

とはいっても先生もいないので学校でやることはやはりありません。事務所に行くと同期がすでに来ていました。パソコンを出そうとすると停電中とのこと。仕方がないので家に帰って仕事をすることにして、停電が復旧したら電話をくれるように頼みました。すると家に帰り着く直前に電話が。とりあえず午前中は家で仕事をして午後から行こうと思っていたのですが、事務所のスタッフが手伝ってほしいことがあるとのこと。無下に断るわけにもいきませんから事務所へ逆戻り。結局今朝は2時間以上歩きました。

手伝ってほしいことというのは、バリデーション10校が確定したので、指導書と1年生用のCTのコピーを運ぶことでした。本来バリデーション校は先々週の講習会の前に決まっていたのですが、講習会への参加率が悪い学校が変更されてしまい、最終的にどこが対象校になったのかが曖昧になっていました。昨日首都に行ったときにリストをもらってきたのでそこに運ぶとのことで、スタッフの車で配達作業をしました。出発がバタバタしてしまったので、せっかくコピーしたGMの受領書を持っていくのを忘れてしまい、一度事務所に戻るはめに。今日は午前中に3校、午後に3校回りました。残り4校は市内中心部から離れているので月曜日に行くことに。月曜日は授業初日になるのでなるべく学校にいたいので、状況によっては誰か同期に頼むことになりそうです。

1校目は校舎もきれいで明らかにお金持ち校。制服が公立と違うので私立じゃないのと聞くと、ちゃんと公立校だとの答え。しかし、カトリック系の学校で以前は私立だったのが公立になったとのこと。それで予算も他の公立校より持っているとのことでした。ちゃんと受付があってパソコンまで置いてあるのにはちょっとびっくりしました。2校目はわりと普通の学校という感じ。3校目はある学校の分校で、本校がバリデーション対象だったのにあまりに出席率が悪いので分校が対象になったというすごいシチュエーションでした。かなりの悪路をすすんでいった先にはきれいな校舎がありました。分校らしくこじんまりしていますがちょっと見たかぎりでは生徒たちもよくしつけられていていい雰囲気でした。午前中にもう1校事務所の隣の学校にも行ったのですが、校長がおらず午後出直すことになりました。

というわけで4校目は事務所のお隣。いつも見ているのでこれといった感想は特になしなのですが、教室が非常に暗いのが気になります。5校目は校舎がロの字に配置されていて中心が校庭のようになっています。清掃が行き届いていてきれいだったのがこの国では珍しいので印象的でした。6校目はスタッフが電話をしてもつながらないので諦めて事務所に戻ったら、校長が生徒を何人か連れてたまたま来ていたのでその場で手渡し。というわけで学校の様子は次回ということになりそうです。

今朝の歩きといい、よく身体を使った1日になりました。明日の引っ越し作業に影響が出ないといいのですが。さて、明日は6時発のバスで首都行きです。やっぱり専門家の方にお願いして泊めてもらえばよかったかななどと愚にもつかないことを考えてしまいました。

1割増


午前中に課題だったプロジェクト関係の書類の作成を何とか終え、JICA事務所の調整員の方へメールに添付して送るために一度家に帰りました。そこで、Explorerを開いたのですが、ニュースの項目で飛び込んできたのがゆとり教育の転換。授業時間1割増の話題です。まだ、正式に中教審答申が出たわけではないようですが、基本的にそのような方向になるようです。ちょっと暗澹たる気分になりながら記事をチェック。悪い予感というか予想というものは当たるものです。当たってもまったく嬉しくありませんが…。

報道によると、総合的な学習の時間は週3時間から1時間減らして週2時間になるとのこと。そして5・6年生には週に1時間英語活動の時間を設ける。これで5・6年生についていえば現行の時数と同じになります。そこからさらに主要4教科と体育の時数を1割増加させるとのこと。現行の時数から考えるとざっと計算しても60時間前後は増加させなければいけません。単純に考えると1日6時間としても10〜11日の授業日数の増になります。長期休業の削減や、朝学習の時間をカウントするなどで対応するとしていましたが、具体的な方策には触れられていませんでした。正式な決定時には具体的な対応策も示されると信じていますが、このような曖昧な状態ではさらに現場に負担を強いるだけです。

現行の授業日数でも、必要な時数を確保するためにかなりの苦労をしている状態です。今の体制で60時間以上の時間を吸収するためには1日7時間授業の導入しか方策はありませんが、子どもたちの集中力や学習効率を考えると現実的な手段とはいえません。さらに言えば、ただでさえ放課後に友達と遊ぶ時間がなくなっているものをさらに削るというのはいいこととは思えません。確かに学校は学習をする場ですが、それは教科学習に限らず、社会性や人間関係を学ぶ場でもあります。文部科学省が強調する「生きる力」というのはそういったことから学ぶことができる力も含まれているはずです。

平日で吸収できないとなると休日を減らすしかありませんが、長期休暇に手をつけるとなると、夏季・冬季の長期休業が1週間ずつ程度削減されることになります。学力低下の批判を受けて授業時数の増に方向転換を図ることの是非は別にしても、どのようにその時数を確保するかということも合わせて提示されないかぎり、時数以上に教師や児童に対する負担は増すばかりです。もっと学校現場の実情をみて決めてほしいものです。言うは易しおこなうは難しの見本のような決定だなと思って気分が暗くなった一時でした。帰国したらこれに対応しなければいけないのかと思うと憂鬱になります。

けっきょくのところ今回の時数1割増は学力低下批判のを避けるためのものだということでしょう。英語活動にしたところで、中学校以降の英語教育との差別化をどう図るかという課題もあります。どちらにしても少しは現場の視点に立った正式な答申が出ることを祈るのみです。

さて、いきなり真面目な話題から入ってしまいましたが、夜久しぶりにSUSHI-YAに行ってきました。今週末から日本へ研修に旅立つ2人の先生の壮行会のつもりだったのですがドタキャン。校内での講習会を抱えている同期はこれを聞いて帰宅。残ったメンバーは、せっかくなので食べていくことにしました。かなりの量を食べたのですが、払ったのはNiguiriの2/3程度の金額。味に大きく差がないことを考えるとSUSHI-YAの方がいいですね。改めて認識。もっとも向こうのメニューの豊富さも捨てがたいところではあるので、もしかしたら今後も行く機会はあるかもしれません。しかし、何か久しぶりに同期だけで飲みましたねぇ。たまにはいいものです。

教室清掃


このところ家の周りではいろいろな建物の建設がすすんでいます。近くのバス・ターミナルの前では、古い家を取り壊した後に新築工事をしていますし、銀行の隣では以前からPlazaらしき建物の工事がすすんでいます。さらにこの銀行の道路を挟んで向かいの空き地でも今週から工事が始まりましたし、ガソリンスタンドのコメドールも改修工事をしています。銀行の向かいについてはどこまでできるかはわかりませんが、数日置きに写真を撮って、ドミニカ共和国の建設過程の記録でもしようと思っています。こちらは何枚かたまった時点で随時公開していこうと思います。さて、なぜ今日この話題かというと、銀行の隣で建設中のPlazaで面白いもの(?)を見たからです。



まだ、工事中ですが、大通りに面した側の壁になる部分です。コンクリート製の柱にワイヤーを打ち込んで張っています。このまま壁として利用するのか、さらにコンクリート壁を作るための芯材にするのかはこれからしだいですが、他の場所でも同じような作業がされていました。まあ、これだけならどうということはない普通の工事現場の光景です。しかし、この写真の右端に見えている柱が問題です。



ワイヤーを打ち込むために穴を開けたのでしょうが、見事にそこから側面のコンクリート全体が剥がれ落ちています。この柱自体はできてからまだ1ヶ月も経っていない代物です。それが予定の工事をしただけで側面が崩壊…。恐ろしいです。確かに以前通ったときも乾いたばかりのコンクリートに無数のひび割れが入っていて驚いたのですが、まさかここまで脆いとは思ってもいませんでした。このような部分のコンクリートはそのあたりで練って作っていて、建物などに使うものはミキサー車などで運ばれてくるので質が違うのかもしれませんが、こういう光景を見ると建物の強度にも一抹の不安を抱いてしまいます。新潟やチリであったような地震がきたらサンティアゴ市というかドミニカ共和国はどうなってしまうのでしょう?まあ、この1年で揺れたのは震度1あるかないかくらいのものが1度だけだったので、ドミニカ人の言うとおり地震の心配はしなくてもいいのかもしれませんが。

工事中の空き地を撮ったり、柱を撮ったりと挙動不審なChinoになってしまいつつ、今日は学校に顔を出しました。週の中日ともなるとすでに登校しようとしている生徒の姿もありません。学校ではひたすら工事がすすめられていました。いつものバスケット・コートは大きな変化なし。しかし、全体としてはもっとも嬉しい変化がありました。



教室の清掃が始まっています。どうやら昨日くらいからおこなわれていたもようで、1/3弱の教室がきれいになっていました。今日の午前・午後でさらにかなりの数の教室がきれいにされたはずです。校長・副校長も来週から授業を始められると言っていたので、月曜日に期待です。もっとも副校長がPosiblemente(たぶん)と言っていたのは気になりますが、とりあえず見通しがたったことが大きな前進です。これで、何とか来月12日の日本青年団受け入れもできそうです。あとはそれまでに授業をきちんと始めてもらうだけです。

朝、校長に会ったときにお願いがあるんだけどと言われ、何かなと思うとCETTの講習会日程をもらったんだけど、Grupo Pedagogicoの日程も知りたいということでした。至極全うな意見なのですが、ぼくからはINAFOCAMに聞いてくれとしか言いようがありません。CETTとはいろいろな日程がバッティングすることが多いのでそれをさけるためにも今後の予定は早めに決めてほしいものです。



教室がきれいになってきていたのでついでに自分の部屋ものぞいてきました。前回見たときよりもひどくなっていました。ぼくの荷物以外のわけの判らないものが大量に入っていて、ごみとぼくのものとどうやって区別をするんだろうという感じでした。もちろん教室の清掃を優先させてほしいのですが、自分の部屋で仕事ができるようになるのはいったいいつの話でしょうか。今回の校舎の改修で、掲示物がほとんどダメになってしまったので作り直さなければいけません。早めに作業のできる広いスペースを確保したいです。

今日は少し長めに学校にいてから事務所に行きました。すると他の同期がなぜか全員揃っていました。学校は?と聞くと全国的に授業がないらしいとの答え。生徒はモニュメントのあたりを行進したそうで、どうも新年度の開始を祝うセレモニーのようでした。もちろん、そんなことでサンティアゴ市内の生徒全員が集まったりしたら大変なことになりますから、一部の生徒だけのはずです。それなら全校的に休みにしないで行かない学年は授業をすればいいのにというのは日本人的な発想なのでしょうね。

午前は専門家関係、午後はJICA事務所関係の書類作成をしていました。午後は平行して先生たちに配る資料の作成。平行してというのは、単に同じ作業を続けられなかったので気分転換に交互にやっていたためです。16時くらいになると快晴だった空が急に掻き曇り、一気に土砂降りになりました。まあ、いつも通りすぐやむだろうと思っていたのですが、18時近くになってもやむ気配がありませんでした。語学学校に行かなければいけないのでどうしようかなと思っていると18時をすぎたあたりで小降りに。タクシーを呼んでもすぐには来そうにない雰囲気だったので助かりました。しかし、道路のあちこちが川になっていて、それを避けているといつもなら15分ほどの道のりが20分以上かかってしまいました。

なぜか妙に疲れていて、授業の方は低調な感じになってしまい、先生にも疲れてるねと何度も言われる始末。同期には午前中から疲れてる感じだったよと言われたのですが、今日は特別変わったことは何もしていません。どうも昨夜の精神的な疲れをひきずってしまっていたようです。さっさと切り替えなければいけませんね。

お子ちゃま集団


タイトルの意味は後々。

相変わらず学校は工事中のため、今日は初めから事務所へ。最近事務所へ直接行くときはいつものトスターダ屋ではなく別の店を利用しています。ここは学校へ行くときはまだ調理中のため、待っていると間に合わないのであいさつをして通り過ぎるだけですが、事務所へ行くときは時間に多少余裕があるので学校前を通る分の時間、ここで待って食べるようにしています。ここでは何種類かの中から選べるのですが、ぼくはたいていトストーネとハモンを食べています。朝から油っこいものというのはなんですが、腹持ちがいいのがポイントです。

事務所では、まず午後から隊員不在の学校を訪問する時に持っていく予定のカリキュラムの作成。標準カリキュラムは作成したのですが、2年生以上は昨年の積み残しがあるので、その部分を組み込んで作成しました。ぼくは2・4年生を作成して、同期が3年生分を作りました。同期は午後から学校に行くので、今日はぼくだけが訪問です。自分の担当分を仕上げたあとは専門家の方に提出する資料の作成。これは今日中に仕上げて明日のうちには同期たちにみてもらって、明日の夜にはメールで送りたいと思っていたのですが、文章表現で煮詰まってしまい遅々としてすすみませんでした。そうこうしているうちに久しぶりの停電。パソコンはバッテリーで動くので問題ありませんが、プリンターやコピー機が使えません。この時点でカリキュラムを印刷していませんでした…。

パソコンのバッテリーもお昼にはさようなら。カリキュラムは人数と枚数がさほど多いわけではないので家に帰って印刷することにしました。昼食を買って家に帰り、食べながらプリンターに仕事をしてもらっていました。しかし、ここでも問題発生、ユーティリティは十分なインク残量を示しているのに印刷がかすれます。インクを変えればきちんと印刷できたのですが、時間を無駄にしてしまいました。これで家を出るのが遅れてしまい事務所に戻れたのが14時半を過ぎてからでした。すると、事務所には電気が戻ってきていました。ま、人生こんなものですね。

予定より遅れてしまったのでタクシーで行くことに。何せ、目的の学校が車でまっすぐ行っても20分以上かかるところにあるので、公共交通機関を待っていると1時間以上かかることもあるからです。それにちょっとした荷物もあったのでいいでしょう。今日の一番の目的はカリキュラムではなく、1・2年生の教師用指導書を持っていくことでした。先週の様子からすぐにでも授業が始まりそうだったので、できるだけ早くもっていきたいと思ったからです。各学年5冊ずつ。けっこう厚い冊子になっているので思ったより荷物でした。





上の緑が1年生で、下の青が2年生、両方とも左が教師用指導書で、右が生徒用作業帳です。どちらの色もドミニカ共和国のイメージにあっていいですね。これはぼくのものでリングで留められていますが、先生や生徒に配られるものはきちんと冊子になっています。生徒用は現在製本中で、届き次第配布予定になっています。

午後から事務所で会議があったようで、ちょうどぼくが出かけるころに人が集まってきていました。そこに、今年うちの学校で勤務するか未だ結論を副校長から聞いていない先生がいました。そのあたりを確認したかったのですが、ちょうどタクシーが来てしまったためあいさつだけして聞けませんでした。しかし、相変わらずすごい美人さんでした。性格は超きついですが…。

学校では校長が事務所でやっていた会議に参加していたので、副校長に説明をして配布は任せてきました。何教室かチラッと様子を見ましたが、授業は普通に始まっているようでした。内容が前年の復習か新学年の学習内容に入っているかまではわかりませんでしたが、スムーズに新年度に入れていて羨ましいかぎりでした。その後歩いて5分ほどのところにある分校にも同じように指導書とカリキュラムを届けました。ここはちょうどレクレオに入っていたので、先生たちと少し話をしてから帰ってきました。指導書にもすぐにざっと目を通して、これまでやっていなかった図形や量と測定といった領域をどうやるのかといったことを聞いてくる先生もいて意欲は十分という感じでした。頼もしいです。

帰りは事務所には寄らずまっすぐ家に帰りました。最近は家に帰るのはずっと夜だったので、夕方に家に帰るのもずいぶん久しぶりな気がします。とりあえず、メールをチェック。日曜日に調整員の方に火曜日の午前中くらいまでには送ってもらえるようにメールでお願いしていた臨時総会の案内がまだ届いていませんでした。内容に問題があったか、メールが届いていないのかと思い電話をしたのですが会議中とのこと。後から改めて電話をしてメールは届いていますかと確認するとメールのチェック。…2日間放置されていました。総会をやること自体はすでに周知しているとはいえ、今週末のことなので急いで送らなければと思って日曜にせっせと作ったのですが、何のためにわざわざBayahibe行きをとりやめてまで仕事をしたと思っているのでしょう。送付前に内容をチェックということで電話はいったん終了。

折り返し電話がかかってきて、案内文書には問題はないとのこと。しかし、総会議案に混ぜていた利用細則の改定案について、引っ越しを担当していた前調整員からどのように聞いていますかとの質問。また、変更点が出たのかなとも思ったのですが、とりあえず何度も打ち合わせをしてまとめたものなので、自分の案から事務所側で変更した点についてはちゃんと変えてあるということを伝えました。帰ってきたのは意外な答え。利用規則については事務所側で監督していくということになって、まとめたものを回覧中なのでとのこと。要するに総会議案には載せられないということです。この議論をするための臨時総会のつもりだったのですが、どうやらJICA事務所側の見解は違ったようです。

利用規約の第3条には、『ドミニカ共和国隊員連絡所利用細則』を改訂する場合は、各係(もしくはJICA事務所)の発議により隊員総会において検討・協議の上、隊員総会の代表がJICA事務所に改訂の提案を行ない、JICA事務所が検討の上、改訂を行なう。また緊急を要する発議はその都度各係のリーダーによる会議を開催、検討しJICA事務所が検討の上、改訂を行なう。とあります。確かに今回の場合でいくとJICA事務所の発議ということになるのかもしれませんが、回覧が臨時総会には間に合わないかもしれないとのこと。総会での議論はできなくてもいいということ監督していくということを合わせると要するに隊員の意志は関係なく、事務所の決定に従いなさいということでしょう。規約に関してはボランティアハンドブックの項目に従って作成されているのでボランティアが制定や改定にタッチする立場にはありません。つまり事務所側で制定した利用規約の第3条に従って、臨時総会の中で細則の改訂の議決をして事務所側に提案するという道筋をきちんと踏む予定だったのを制定した側が守らないというのであればどうにもなりません。

そういうことであれば、今回わざわざ臨時総会など開かず引っ越し作業だけすればいい話ですし、各係のリーダー会など解散してしまって、事務所からの指示に従ってそれぞれ可能な範囲での責任を果たせばいいと思います。そちらの方がはるかに楽ですし、リーダー会などをいちいち開いていろいろな議論をする時間をそれぞれの活動に振り向けられます。

結局は自主的な運営などは任せられないお子ちゃま集団だと見られているということですね。まあ、これまでの連絡所の使用状況やルール破りの数々を振り返ればそう見られてもしかたがありません。基本的にボランティアの側に反省すべき点が多々あるのも事実です。新連絡所への移転にあたって、自主運営には任せられないという立場へ移行するということであれば、それはそれで自業自得なので甘んじて受けるしかないでしょう。しかし、それはそれとしてここ2ヶ月ほどこの引っ越し作業と臨時総会のために細則の変更点などについて打ち合わせを繰り返してきたことを無駄な時間として受容できるかというのは話が違います。相当やる気を削がれましたが、責任を放棄する気はないので9月1日はきちんと自分の仕事は全うします。しかし、まあ正直連絡所関係はもうどうでもいいやという気分です。

頭にきた状態で書いているので後半はどうにもひどい文章です。読んで気分が悪くなった方がいらっしゃいましたら大変失礼いたしました。

会食


朝出かける前に歯を磨いていると突然携帯がなりました。着信を確認してみると調整員の方からです。今日の予定がもしかしてドタキャンになったかなと思って歯ブラシをくわえたまま出てみると、今日はどこでしたっけとの確認の電話でした。実は今日はINAFOCAMの所長とサンティアゴで会食の予定になっていました。教育省の教員養成と研修を担当している部門のトップとの会食ですから、JICA事務所からも調整員の方と次長、教育分野を担当しているナショナル・スタッフが出席します。そのため、場所と時間を確認されたのですが、ぼくが教えてほしいくらいでした。専門家の方が来ればわかりますがというぼくの頼りない返事とともに通話は終了しました。

さて、この会食に合わせて火曜日の定例の会議を移していたので今日はとりあえず事務所勤務です。しかし、先週で工事が終わって今日から授業が始まっているかもという淡い期待を抱きつつとりあえず学校には行ってみました。今日は前回よりも少し早めに行ったのでとりあえず家に帰る子どもたちには会いませんでした。うちの学校のワッペンをつけた子どもたちもけっこう歩いていたので期待は膨らみます。



とりあえず生徒用入り口から入っていくと工事中のバスケットコートがあります。ゴール用の支柱は形はできていました。この後きれいに整えていきます。写真の奥の方には観客席まで建設中でした。色を塗ったりという作業も必要なので全体としてはあと2〜3週間はかかるなという雰囲気でした。



先日作成中だった掲揚台は完成していました。予想通り国旗のトリコロールにきれいに塗り分けられています。ドミニカ共和国の国旗はデザインがいいのでぼくはかなり好きです。しかし完成していたのはこれくらいで、教室の作業は遅々としてすすんでいませんでした。教室には相変わらず机や椅子が積み上げられた状態で室内の清掃も入っていません。副校長に会うとまだ工事は終わってないから授業はないよとあっさり言われたのでとりあえず事務所に向かいました。もっとも会議のために長居はできなかったのですが、けっきょく学校にいたのは写真を撮るためと副校長とちょっと話をした5分程度でした。登校した生徒は門番が扉を開けもせずに追い返すという文字通り門前払いをしていました…。

先週水曜日に会議をもったばかりなので、それほど話すことはないと思っていたのですが、新学期開始時期はいろいろバタバタしているためか、それなりに情報交換をする必要があり、思ったより時間がかかりました。専門家の方と調整員の方も途中で到着して参加されたので、それでいろいろと話が広がったということもありました。午前中に昨日からやっていた仕事のうち1つは片付けたかったのですが、会議に予想以上に時間をとられたのでほとんどすすみませんでした。11時半に指定されたレストランで待ち合わせだったので専門家の方と調整員の方の車に便乗して移動しました。調整員の方はなぜか首都の教育系とはまったく関係のない職種の隊員を同行していたのですが、会食のあとに一緒にSamanaへ行くとのことで、1人くらい増えても気にしないだろうということでせっかくなので会食にも参加しました。

会食の会場はPez Dorado(黄金の魚)という名前の魚介類のレストランです。名前を聞いてもピンとこなかったのですが、Calle del Sol沿いというのを聞いてわかりました。あるのは以前から知っていたのですが、この国のレストランらしくなく、扉から中の様子が伺えないため未だに入ったことのない店でした。ちょっと高そうというのも二の足を踏んでいた理由でしたが、入らなくて大正解でした。理由は後々…。



今回ぼくたちを招待してくれたINAFOCAM側のお偉いさんたちです。一人ぼくたちとは違う地方教育事務所の方も混じっていますが、その人はサンティアゴ県の教育事務所の所長の代理としてきていました。他に専門家の方を含め、JICA事務所関係が4名。ぼくたちの活動している地方教育事務所の所長と、ぼくたちボランティアが5名で、計15名が参加しました。この店、外見はちょっとみすぼらしい感じなのですが、中に入ったとたんに高級感が漂っていました。

昼食を食べにきたのですが、全員が席に着くとCamarero(ウェイター)たちが当然のようにワインのコルクを抜き始めました。午後も仕事があるのでアルコールはちょっとというのも失礼にあたりそうだったので、これも仕事のうちということでありがたくいただきました。もちろん、普段のような飲み方はしていません。仕事に影響が出ない範囲で嗜ませてもらいました。事前に参加人数も確認されていたので、すでに注文は済ませてあるのだろうと思っていたのですが、メニューがそれぞれにやってきました。高いだろうとは店に入った時点で予想していましたが、メニューを開いてびっくり。過去行った店の中では最も値段設定が高かったです。一皿・1人前が4桁にのっているのは初めて見ました。一番高かったのが約1300ペソ(5000円弱)でした。日本の高級店なら珍しくもないのでしょうが、さすがにここでは腰が引けます。



とはいえ、どうせここは奢りです。さすがに一番高い皿は避けましたが、4桁の料理を頼ませていただきました。Camarones Bertizという名前だったと思います。メインが見ての通りエビで、サーモンも一緒にクリームソースで調理されていました。さすがに高いだけあって素材も味もなかなかよかったですが、クリームソースの味付けがとても濃かったのでこれだけ食べているときっと苦しかったと思います。



他の日本人出席者はわりと控えめに500〜600ペソあたりの料理を注文していましたが、ぼくの隣に座っていた同期もぼくと同じく4桁の料理を注文しました。同じくらいの値段設定のものでPato(鳩)料理でした。なかなか食べる機会がない種類なので少し味見させてもらいました。特徴といってもあまりピンとこないのですが、普通に美味しかったです。ちなみにConejo(ウサギ)を頼んでいる人もいました。

メインの料理が出てくるまでに、春巻きやシューマイなどの飲茶系の料理が運ばれてきました。これがなかなかいける味だったので、下手をするとこれだけでお腹がいっぱいになるかもという勢いでした。メインの料理が出揃ったところで日本人グループはお皿を回して、それぞれの料理を味見を始めました。ドミニカ人参加者は奇異なものでも見るような目で見ていましたが、お構いなしです。4桁までいかなくても半分の値段で十分美味しいものが食べられそうでした。最後にデザートとコーヒーなどでおひらき。14時くらいまでいたのですが、わりと広めの店内はいつの間にかお客さんでかなりのテーブルが埋まっていました。昼食にやってきて、あの値段設定のメニューを普通に払っていけるのですから、お金を持っている人は持っているものです。おそらく自分だけでは縁のなかった店で食事もできたので、招待してくれて大感謝でした。

食事の話題ばかりになってしまいましたが、もちろんいろいろと話もさせてもらいました。座席の関係でINAFOCAMの所長の相手は主に次長が勤めていましたが、ぼくはわりとドミニカ人に近い位置に座っていたので向かいにいた2人を中心に話ができました。しかし、ボランティアとの交流ということであれば、ドミニカ人と日本人が混じるように座席を配置しないと、それぞれで会話をしてしまうのでよくないですね。

昼食後は事務所に戻ってそのまま仕事をしていました。お腹いっぱいの状態だったので、下手すると寝てしまうかなと思っていたのですが、手元にある仕事の量がそれを許してくれませんでした。こうなるとぼく自身にとっては未だ授業が始まっていないのがプラスに働きます。おそらく今週は事務仕事に集中できそうというか、他の仕事に手が回りません…。午後から来たTutorに作ってあげる予定になっていたものもずっと後回しになっているので、聞かれてもまだとしか答えられず申し訳なかったのですがいつできることやら。

それでも夕方には語学学校に行きました。これまで担当してくれていた先生が辞めてしまったため、今日から別の先生になりました。若い女性の先生になりました。個人的にはなかなかきれいな人だなと思いましたが、残念ながら4ヶ月ほど前に結婚したばかりの新婚さんでした。まあ、はじめなのでいろいろ質問をされたりしていたのですが、先生の提案でモニュメントへ行くことに。道すがらいろいろ話をする中で結婚も判明しました。





モニュメントの周りには新たにRestauracionの英雄たちの像が設置されたというのは以前にも書きましたが、すでに多数の破損がありました。上は持っている剣が根元から折られていて、下はそれをテープ化何かで修復している状態です。モニュメントの改装が終わり登れるようになったのが今月の17日からですか、らわずか10日ほどでこの状態というのは悲しくなりました。ぼくたちの任期も残り7ヶ月をきりましたが、ぼくたちが帰るまで無事に立っているかかなり心配になりました。



悲しい話題で終わるのもなんなので最後にもう1枚。家に帰ってくると、1階の家でFiestaとまではいきませんが、大人数でわいわいと夕食をとっていました。その中から子どもたちが何人か抜け出して階段のところで遊んでいました。小さい子もいたので写真を撮っていたのですが、比較的大きな子にもカメラを向けると満面の笑みで見事にポーズを決めてくれました。最後に心が和んだので気分よく眠れそうです。