プロフィール

へー

Author:へー
生まれも育ちも愛媛県ですが、大学以降北海道を終の棲家ときめこんでいます。
ついでに小学校教諭を自分の天職と思い込んで子どもたちと過ごしてきました。辞める気はまったくありませんが、2008年3月まで青年海外協力隊員としてドミニカ共和国で活動してきました。暑いところが嫌で北海道に移り住んだはずなのですが、常夏のカリブ海で問題なく適応できた自分が不思議でした。2008年4月からはまた教壇に復帰しています。
協力隊に参加するために駅前留学をしていたのですが、ドミニカ共和国は公用語がスペイン語。せっかく覚えた英語は…。そして派遣中に肝心のNOVAは破綻…。英語もスペイン語も使わないとどんどん忘れさられていきます。悲しいですね。
趣味は読書、スキー、ゴルフ、献血、etc。ドミニカ共和国滞在中はダイビングにはまっていましたが、北海道ではとてもとても…。現在、一番の趣味はダイエットです。

カレンダー

05 | 2007/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

トクノフミトシ4コマまんが

北海道の小学校で教師をしています。日々の生活の様子などを気ままに綴っていきます。 2006年4月から2008年3月まで青年海外協力隊に参加していました。ドミニカ共和国について知りたい方は過去記事をどうぞ。

Boda


同期隊員の配属先の校長が結婚するということで、結婚式に参加させてもらいました。ぼく自身は普段それほど付き合いがあるわけではないのですが、ボランティアのみなさんも参加してくださいというお言葉に甘えさせてもらいました。なんといってもドミニカ共和国ではどんな結婚式がおこなわれるのか興味があったからです。

新郎である校長からビデオの撮影を依頼されていました。新婦が家を出発するところから撮影してほしいということだったので、18時過ぎに新婦の家に行きました。そちらに行くように言われていたのでてっきり校長もいると思っていたのですが、新郎は教会で待っているということでぼくはまったく面識のない人たちのところに行くことになってしまいました。一緒に行った先輩隊員は何度か遊びにきたことがあるということで面識があったのでよかったですが、そうでなかったらと考えるとちょっと怖いですね。



家の中に入ると目に飛び込んできたのが、この2人の女の子でした。教会での入場の時の先導役をするそうで、きれいに着飾っていてお人形さんのようでした。普段はわりと元気いっぱいだそうですが、今日はおとなしくずっと座っていました。もうちょっと笑顔がほしいですが、お母さんたちが写真を撮るときもずっとこんな感じでした。花嫁の出発を待っている間に今日のために新しく買ったというビデオカメラの使い方をレクチャーしたりしていました。買ったはいいのですが、どうやら誰も使い方を理解していなかったらしく、ぼくに教わってから初めて試し撮りをしていました。撮影状態にしたまま、持ち歩いたり、振り回したりしていたのでかなり面白いというか画面酔いしそうな画が撮れていると思います。今からそんなにテープとバッテリーを消耗してもいいのかとも思いましたが、まあ何とかなったようです。

18時40分頃になって花嫁が自宅を出発。雨が降っていたのでちょっとあわただしかったですが、大きなリボンをつけた車に乗って教会に向けて出発しました。ぼくたちは校長の友人のカメラマンの車に乗せてもらって教会に行きましたが、家からは歩いても5分ほどのところでした。式の開始予定時刻は19時でした。ドミニカらしく結婚式すら予定通りに始まらないのかなと思ったりもしていましたが、さすがにこれは違いました。参列者もきちんと時間前にやってきていましたし、できるんなら普段からやってくれと思いましたが、今日はめでたいお話なのでやめておきましょう。

式は歌を歌うところからスタートしました。2人が生演奏で歌い、それに合わせて参列者も歌うという形式でした。全部で5〜6曲は歌があったと思います。式は全体的には厳粛な雰囲気の中でおこなわれていましたが、歌の時には立つので参列者にとっては動きがあっていいと思いました。しかし、前半40分近くは司祭によるありがたいお話が続きけっこう辛かったです。まあ、話す人が変わったり歌が途中にはさまったりはするのですが、途中からは何を言っているのか理解しようとするのは放棄しました。しかも結婚式ということでスーツで行ったのですが、教会の中は参列者の熱気で非常に暑く、ダラダラ汗を流すことになりました。

司祭の話が終わったあとは誓いの言葉に指輪の交換。誓いの言葉は「病めるときも健やかなるときも…」というおなじみのフレーズで言語は違っても同じなんだなと妙なことに感動していました。指輪の交換のあとは誓いのキスですが、ここで司祭はマイクを通して「Beso(キス)」コール。聖職者でもこのあたりのノリはさすがドミニカです。1回目のキスは短くて写真が撮れなかったということでやり直し。2回目も写真撮影用にかなり長いキスをさせられていました。ぼくはずっとビデオを撮っていたのですが、写真を撮るために平気で祭壇に上がったりする人も多かったので、いいのかなと思いつつ最終的には真似をしていました。このあたりのおおらかさもドミニカです。



一般の参列者は普通にラフな格好をしている人が多く、Tシャツにジーンズというのも当たり前な感じでした。ドレスアップをしていた人たちは式のあとのFiestaに招待されている人たちが中心でした。特に受付があるわけではなく、会場も地域の教会で入り口も開放されていましたから、その気になればまったく関係のない人でも参列できるようでした。まあ、お祝い事はたくさんの人で共有したほうがいいですね。



宣誓書に署名するところです。新郎、新婦、立会人の順で署名していきました。もちろん、役所には婚姻届を出さなければいけませんが、宗教が生活の中に息づいているこの国では神様に約束するということは非常に重要なのでしょうね。式が終わったあとは参列者がみんな新郎新婦と抱き合って祝福を述べてから帰っていきました。このあたりは日本ではあまり見られない光景だと思いますが、式全体として日本の教会式の結婚式はちゃんと同じようにやってるんだなと理解できました。

結婚式のあとはそのまま会場を移してFiestaでした。日本の披露宴のような感じではなく、普段よく見られるようなFiestaとほとんど変わりはありませんでした。違うことといえば、参加者がフォーマルに着飾っていることくらいでしょうか。司会のあいさつと新郎新婦とその家族の紹介のあと、新郎新婦によるダンスからスタート。新婦はウェディングドレスのまま踊っていましたが、さすがに裾が気になったのか途中からは裾を持って踊っていました。ダンスとともにある文化ですが、踊れない人はどうするんだろうなと思いました。

border="0">

すごいなと思ったのは新郎新婦のための席がないことです。Fiestaが始まってから2時間くらいはずっと写真撮影が続いていました。このケーキ入刀も写真撮影の一環で、写真を撮っていた人は見ていましたが他の参加者はまったく気にせずにおしゃべりやダンスを楽しんでいました。あとは参加者が家族や友人単位で新郎新婦と一緒に写真に納まっていきます。もちろん、ぼくたちも一緒に撮ってもらいました。

ドミニカ共和国のFiestaでは食事は最後に出てきます。今日も食事が用意されたのは23時近くになってから。ずっと飲んでばかりで何も食べていなかったので、何かお腹に入れておかないと身体にはよくないなと思いましたが、行列ができていたのと明日早起きをしなければいけないのでここで退席させてもらいました。本当は最後までどうなるか見ていたかったのですが、ドミニカ共和国の結婚式を十分堪能させてもらいました。



これぞドミニカ共和国です。いつでもどこでも踊ります。主役そっちのけで。ぼくは踊る気はなかったのですが、誘われて新婦の親族と2曲ほどメレンゲを踊りました。先輩隊員はここぞとばかりに踊りまくっていました。生き生きしていましたね。

日本人3人で写真とビデオを撮りまくっていると、席がすっかり埋まってしまいテーブルが空いていなかったのでドリンクカウンターの横にいすだけ出して3人でゆっくり飲んでいました。するとCamarero(給仕)の人がぼくに声をかけてきました。よく見るとうちの学校の体育の先生です。教師の副業は禁止されていないとはいえビックリしました。ぼくたちがまた写真を撮っている間に小さいテーブルを出してきて、ぼくたちのためにわざわざ席を作ってくれました。そのあとも細々世話を焼いてくれてありがたかったですね。

校長の結婚式に出席という日本で遭遇するのはかなり困難な場面にも出合えていい体験ができました。招待してくれた校長には心から感謝です。そして、ご結婚おめでとうございます。

成果発表会


直前になっていろいろと問題も発生しましたが、無事に成果発表会当日を迎えることができました。準備があるので普段より少し早めに事務所に集合して、そこからみんなでタクシーで会場まで移動しました。しかし、いつもは5分もしないでやってくるタクシーが来るまでに20分くらいかかってしまい、あまり早く集合した意味がなくなってしまいました。タクシーが来た時間は先生たちが集合する予定時刻に近かったのですが、いたのは2〜3人の先生だけ。この時点で予定通りのスタートにはすでに暗雲が立ちこめていました。

会場に到着してからプロジェクターやスクリーンの設置などを開始。9時開始予定で、ぼくたちが到着したのは8時半過ぎだったのですが、店側もまだ悠々と床掃除などをしていていすや机も並んでいませんでした。そんな中で準備をすすめていたのですが、スクリーン用の白布を設置したあとで店の責任者から会場後方にあるスクリーンを使ってはどうかという提案がありました。計画段階から懸念されていたことなのですが、会場が明るくプロジェクターで投影する画面が見えづらいためです。試しにプロジェクターを移動してみましたが、確かに多少マシな状態だったのでそちらを正面にすることにしました。そのためにいすや机の配置を変更しなければいけないので慌てて並べ直しが始められました。この時点ですでに開始予定時刻の9時。しかし、参加者はほとんど到着していませんでした…。

店にあったスクリーンは小さかったので、白布を移動して壁にはりつけて使用することにしました。これで風の影響も最小限になったのでスクリーンの位置を変更したのは正解でした。しかし、それでもやはりけっこう明るくて写真によっては見えづらいものも多くありました。そうこうしているうちに専門家の方がカウンターパートともに到着。他の参加者がほとんどきていなかったので延々お待たせすることになってしまいました。10時近くになってやっと1台目のグアグアが到着。しかし、同じくこの時間に音響機材が到着。元々の開始予定時刻は何度も書きますが9時です。それにもかかわらずスピーカーやマイクのセッティングが開始されたのは10時を過ぎてからでした。

けっきょく音響機材のセッティングが終わり、開始できる状態になったのが10時半頃でした。しかも、最初のあいさつをすることになっていた事務所の副所長も同じくらいに到着。たまたままだ始まっていなかったので問題にはなりませんでしたが、予定通りスタートしていたらどうするつもりだったのでしょう。これには先輩隊員の1人がブチ切れていました。さらに2台目のグアグアが途中で故障したため、それに乗っていた先生たちが別の車でこの頃にバラバラと到着してきました。これでやっと始められると思ったところで、休憩時間に出される予定だった軽食とジュースのサービスを始めてしまいました。これに予想以上に時間をとられてしまい、最終的にスタートしたのは開始予定時刻から2時間遅れて11時でした。



始まってしまえば、わりと順調に流れていきます。副所長のあいさつのあとは専門家の方によるJICAのプロジェクトの概要説明から発表がスタートしました。発表は調整員の方を通じてお願いしてあったのですが、発表順をお知らせするのを忘れていました。活動されているINAFOCAMのほうには事前にプログラムを送ってあったので、そちらから知らされているかなと思っていたのですが、やはりこういうことは人任せにせずきちんと自分でやらないといけないですね。ひとつ反省点でした。



発表会は全体で3時間の予定でスケジュールを組んでいました。11時スタートで予定通りに行くと14時終了。昼食の時間をとらなければいけないのでスケジュールの変更は必須でした。とりあえず真っ先に中間の休憩はカット。食事を挟むと集中力が切れるので、とにかく昼食までにすべての発表を終了させたいというのがぼくの希望でした。途中で気分転換もかねて予定していた算数ゲームはすべての発表後に変更してどんどん発表を続けていきました。この成果発表会でほぼすべての活動が終了する先輩隊員の学校の先生の発表の最後で、2年間の活動に対する感謝の言葉があったのはちょっと感動的でした。

途中で発表していた先生の1人が貧血で倒れるというハプニングはありましたが、発表はほぼ順調にすすんでいきました。休憩をカットしたり、発表まで長い時間待たされて長時間緊張を強いることになってしまったので、倒れた先生にはとても申し訳なかったです。発表はほぼ13時くらいまでには終わるめどがついたので、算数ゲームの取り扱いが課題になりました。ボランティアとしてはできれば昼食前にやってしまいたかったのですが、昼食のスタートの時間が遅くなりすぎるということで初等教育コーディネーターは昼食後を主張しました。発表者が1人倒れたこともあったのでこれは譲って昼食後に変更しました。

13時過ぎに何とかすべての発表が終了。これで昼食と思ったところで、突然知らない人が司会から紹介され何か話を始めました。プログラムにも予定されていませんでしたし、プロジェクトとも関係のない人です。事務所のスタッフに聞くとRegionalのTecnicoとのこと。ぼくたちの配属先でもある地方教育事務所が市町村の教育委員会だとすれば、彼は都道府県の教育委員会のお偉いさんということになります。空腹を抱え、連続した発表を聞いて疲れて早く昼食休憩に入りたい会場の空気を無視して10分近く熱弁をふるいました。話している内容自体は悪くないのですが、タイミングが悪すぎました。それでも13時半になる前には昼食休憩に入れたのでほっと一安心でした。



昼食は1時間ほど。当初予定ではこのままFiestaになるはずだったのですが、まだ内容が残っていたので算数ゲームから再開しました。算数ゲームは3つで、1つ目はピラミッド型に置いた10個のコインのうち3つを動かして逆ピラミッドを作るもの。司会のTutorの説明で3つしか動かせないということが落ちていて、ほとんどのグループが全部動かして逆ピラミッドを作っていました。そんなに簡単では問題になりません。3つしか動かせないということを説明したあとは真剣に悩んでいましたが、けっきょく全部のグループが正解できませんでした。2つ目は計算迷路で、同じ答えのところを進んでいってゴールにたどりつけばいいというものです。時間性原付だったのですが、これもTutorが説明の中で答えの数字を言ってしまったために開始前から計算を始めて、中には開始前にゴールにたどりついてしまったグループもありました。この問題は正解率が高かったです。最後は正方形の複合図形の中からいくつの正方形があるかを探す問題です。1つ見つけるごとに10点で多く見つけるほど高得点を得られます。適当に大きい数字を書くといけないので正解以上の数字では10点しか得られないというルールにしました。しかし、ここでもTutorが最大180点ということを説明の中で言ってしまいました。これでは答えが18ということを言っているのと同じです。専門家の方はすぐに気づいたようですが、幸いドミニカ人はほとんど気づいていなかったようで、みんな真剣に正方形の数を数えていました。算数ゲームを担当した同期はTutorとかなり打ち合わせをして、ルール説明の原稿まで用意していたのですが、それは活用されずちょっとかわいそうでした。まあ、得点上位には賞品もあり、楽しみながら算数の勉強もしてもらえたのでよかったです。

最後に写真とビデオを編集したものを見てもらい終了となりました。Fiestaはできませんでしたが、予定通りの時刻に終われてよかったです。急いで後片付けをして先生方を送っていくグアグアに一緒に乗り、事務所まで帰りました。そのまま解散したかったのですが、先輩隊員の1人はこの週末にサンティアゴを離れるということで、反省会もしました。とりあえずこれで今年度の活動はほぼ終了となります。準備段階での反省はいろいろとあるのですが、次回の成果発表会のときにはぼくたちはいないので、きちんと反省を引き継げるように資料を整理しておかなければいけません。しかし、成果発表会が何とか終了したことで気持ちはかなり楽になりました。あとは来週の中間報告さえ終われば夏休みに突入です。

夜は先輩隊員2人のサンティアゴ送別会をしました。シニア・ボランティアの方2人も参加してくださって、いい会にできたのではないかなと思います。1年間同じプロジェクトで活動してきた2人が去るのは寂しいかぎりですが、しっかりと活動を引き継いでいかなければなと思います。

2年目


2年目に突入しましたが、突然何かが変わるわけでもありませんので引き続き成果発表会の準備です。本当は前日になってバタバタしているようなことはあまり好きではないのですがやることがあるのでどうしようもありません。とりあえず、朝確認してやっと完成させることのできたプログラムを印刷。テープやはさみといったこまごまとした道具を用意して、他の運ぶものと一緒に箱の中に入れていきました。これでぼくの準備のほうはおおむね終了ですが司会を担当するTutoraが昨日から事務所に顔を見せず進行の打ち合わせができていないのがひとつ心配の種です。

10時近くになってからやってきた初等教育コーディネーターはいろいろなところへ電話をかけて忙しそうにしていました。主に明日の会場への移動のバスの確認などをしていたようでしたが、INAFOCAMともまだ明日の成果発表会の開催のことでやりとりをしていました、この期に及んで中止とか言われたらどうしようとちょっとどきどきしたりもしましたが、さすがにそういうことにはなりませんでした。

しかし、最後の最後で問題発生。16時を過ぎてからプログラムを変更してくれと言われました。月曜日にあった先輩隊員2人の配属先最終報告後の送別会の中で、地方教育事務所の所長が金曜日は首都でイベントがあるということを言っていました。成果発表会の中で彼にあいさつを頼んでいたのでプログラムにも名前を載せていました。ですから初等教育コーディネーターに彼の参加を確認しましたが、問題ないということでそのままにしていました。しかし、結局あいさつを予定していた3人が全員参加できないということで、プログラムの名前を変更することになりました。これを心配して事前に確認をとったにもかかわらずこの結果です。これくらいでいちいち怒っていてもしかたありませんが他人の心配事には少し真剣に向き合ってほしいものです。まあ、修正自体は5分もあれば終わるのでパッとやって印刷しましたが、紙を180枚も無駄にしました。

その後も初等教育コーディネーターはいろいろ電話をしていましたが、17時頃の電話で準備は終了。準備ができたことを神様に感謝していました。まあ、Gracias Diosは常套句なので気にすることはないのですが、もし準備が間に合わなかったり中止になっていたりしても神の思し召しだとすると、計画的に準備をするといった習慣を育てることは難しいのでしょうか。こういうふうに考えると活動する上で暗い気持ちになってくるので、忘れて前向きにいきたいと思います。

同じく事務所で明日の準備をしていた同期がビールを飲みたいと言い出したので、帰りにちょっと付き合ってきました。家の近くでおしゃれな店を見つけたのでそこに行こうということでした。行ってみると道の両側にオープン・カフェのような店が2軒ずつ並び、計4軒が軒を連ねていました。1軒だけ毛色の違う店でしたが、どれもなかなかおしゃれでお値段もそこそこと思わせる感じでした。1軒は寿司バーだったのでちょっとびっくりしましたが、今日は別の店にしました。料理も美味しく、音楽や照明も落ち着いていてゆっくり過ごすにはいい感じでした。値段的にはまあ予想の範囲内といっやところでしたが、たくさん飲んだり食べたりするには向きませんね。少人数で行くのがいいでしょう。そのうち他の3軒にも行ってみたいなと思います。次回はとりあえず寿司バーですね。

1年


今日でドミニカ共和国に着任してからちょうど1年になりました。一時帰国もあったのでここでの生活がちょうど1年とはいきませんが、あっという間の1年だった気がします。活動のほうは思うようにはいっていませんが、まああまりストレスをためないようにボチボチやっています。海外での生活にはすっかり慣れましたが、それでもたまに日本酒や焼酎を飲んだり、日本食を食べたいなと思うこともあります。ただ、残り9ヶ月をきった中でまだまだ行っていない場所も多く、ドミニカ共和国内でできるだけ多くの場所を見ておきたいと思っているので、これからの休日をいかに効果的に使おうかと考えたりもします。本当はもっと活動のことを考えなければいけないのでしょうが。まあ、そんなわけでデング熱で入院したりもしましたが、元気にドミニカ共和国の生活を満喫しています。1年の経過を機に改めて気持ちを引き締めて活動に取り組んでいきたいと思います。

今日の午前中は成果発表会にむけての打ち合わせ。主に算数ゲームの実施方法について話し合いをおこないました。昨日、同期の2人が会場の下見に行ってくれたのでそれを元に話し合いをおこなったのですが、どのようにルールを理解させるかということも含めてなかなか難しいです。その話し合いの途中で初等教育コーディネーターがやってきて、突然開始時刻を10時にしたいといいはじめました。理由は首都からの招待客が9時までに到着するのが大変だから。案内状は2週間ほど前に配布されています。今から予定を変更すると連絡が大変ではないかと聞いたところ、まったく問題ないと即答されました。昼食後はFiestaの予定で、昼食前にすべての発表をおこないます。その予定時間が約3時間。10時スタートにすると終了が13時になってしまいます。しかも予定どおりにスタートすることは期待できないのでさらに遅くなる可能性があります。とりあえず案内は事前に出してあるのだし、時刻に間に合うように出てくるのではないかということを言うと、わりとあっさり引き下がりました。とりあえず実施2日前になって大枠を揺るがすようなことを言うのはやめてほしいですね。しかし、これがさらに大きな問題の予兆だったのかもしれません…。

午後からは算数ゲームを中心に道具などの準備をおこないました。ぼくは昨日パソコンをチェックする約束をしていたSVの方が訪ねてきたので、そちらの作業と平行しながらやりました。パソコンの方はというとハードディスクが物理的に一部破損しているか、OSのプログラム自体に欠損が出ているようで起動が完了しません。ハードディスク上からの再セットアップはできるので試す価値はあると思ったのですが、必要なデータを取り出していないとのことでそれはやめてほしいと言われました。こうなるとぼくにはもうお手上げです。幸いIBMのパソコンでこちらにも支店はあるのでそちらに持っていくことを勧めました。現在は職場のパソコンを使っていて、日本語の入力ができないということだったので、あらためて持ってきてもらって日本語入力をできるようにしてあげました。これでこちらの問題は一段落しました。

さて、本日最大の問題は17時半過ぎに1本の電話とともにやってきました。INAFOCAMのDirectorからの電話で、成果発表会をConvocar(召集を取りやめる)するとのこと。普段はなかなか単語を覚えられないのですがおかげさまで一発で覚えました。理由は成果発表会の会場が社会保障(社会保険?)に入っていないから。意味がわかりません。INAFOCAMには1ヶ月近く前から会場について連絡してあります。しかも昨年も同じ会場でやっています。まったく不可解です。しかもそれを通達してきたのが2日前の勤務時間終了後。まあ、気にしないでしょうが誰もいなかったらどうするつもりだったのでしょう。今回の予算はほぼINAFOCAMから出ているので、やめると言われるとこちらでは独自には実施できません。正直、ぼくも含めたその場にいたボランティア3人は、それならもうやらなくていいよという気持ちになりましたが、初等教育コーディネーターはがんばりました。あちこちに電話をかけ、会場から何らかの文書をINAFOCAMに提出するということで何とか実施できることになりました。この結論に達するまで約1時間半、何もできなかったのですが、どっと疲れました。

しかし、実施2日前になってこの混乱ぶり。明日も何かあるかと思うと事務所にはいないといけないでしょうね。もっとも事務所にいて何かあったときに解決のために振り回されるのも嫌なのですが仕方がありません。何もない穏やかな1日になることを祈るのみです。

閉じこみ


閉じこみというとまあだいたい鍵の閉じこみということになると思いますが、今朝はぼくが事務所に閉じこめられました。年度末ということで今日は事務所はお休みでFiestaです。そのこと自体は知っていたのですが、朝のうちに仕事に必要な道具を取りに行こうと事務所に行っていました。Fiestaは10時からなのでぼくの行った8時にはまだ事務所は開いていました。2階に上がって電気がなかったので、その場で仕事をするのはあきらめて、パソコンから必要なデータファイルをUSBメモリーに保存して外付けのハードディスクを持って帰ることにしました。途中で門が閉められていないか一度確認したのですが、それで安心したのがまずかったのかもしれません。8時半過ぎに事務所を出ようとしたら門が閉じられていました。仕方がないのでフェンスを乗り越えて出ようと思って階段を下りると、1階の出口にもきっちりと鍵がかかっていました。これで建物から出られなくなってしまいました。

2階に上って手すりのところから飛び降りれるかなと思って下をのぞきました。高さ的には3〜4mくらい。飛び降りられない高さではないと思いますが、上から見ると思った以上に地面が遠く感じられます。他に出られそうなところがないか一応探してみたのですが、当然そんな場所は見つかりません。仕方がないので腹をくくって飛び降りるかなと思っていたところで警備の人が帰ってきて表の門を開けているのが見えました。ラッキーと思って下におりていって階段のところの鍵も開けてもらい無事に脱出できました。2階に人がいるのを確認しなかったことを謝ってくれていましたが、今日は人がほとんどこないのをわかっていて声をかけなかったぼくも悪かったので申し訳なかったです。とにかく飛び降りずにすんで助かりました。

成果発表会の準備があるのと昨日からパソコンの不調を訴えていたSVの方から電話が来ることになっていたので、今日のFiestaには参加しませんでした。SVの方から電話がかかってきたのですが、今日は活動の都合上時間が取れないということで、明日パソコンの様子を見てほしいという話だったのでとりあえず了解して自分の仕事に専念できることになりました。昨日はまだ生徒が登校していましたが、今日から本格的に学校も夏休みに突入したので自宅に戻って仕事にとりかかりました。しかし、こういうときにかぎって停電がやってきたりします。10時前に停電になり、AC電源タイプの外付けハードディスクが使えなくなってしまいました。パソコンはバッテリーで動くので3号報告書とデング熱で入院した時の傷病報告書を終わらせました。停電は思いのほか長く続き、けっきょく復旧したのは13時頃でした。この時間のロスはけっこう痛かったです。

昨日の配属先最終報告会のビデオを取り込み、1分くらいの場面をピックアップ。成果発表会の中で流すビデオと写真の作成を担当しているので、それに使うためです。写真とビデオを組み合わせて動画を作成。思ったより時間がかかってしまいましたが、何とか終了しました。最近ビデオを大量に取り込んでいたので気づくとハードディスクの空き容量が3GBをきっていました。写真も含めて時間を見つけて整理しないと大変です。動画作成の合間にメールで3号報告書と傷病報告書をJICA事務所に提出。これで今週は成果発表会に集中です。明日は成果発表会の中でやる算数ゲームの準備をみんなですることになっています。しかし、この2日間事務所にまったく電気がなかったのが気がかりです…。